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<脱埋没への模索 どうする登米・栗原>第1部 産業経済(5)6次産業化(下)/地域で農商工連携を

秋祭り会場で、漬物を試食をする客に商品の説明をする渡辺さん=10月29日、宮城県登米市米山町

 宮城県登米市米山総合支所前で10月末、地域の秋祭りが開かれ、農産物などを売るテントが並んだ。同市米山町の渡辺幸恵さん(48)は自身が作ったゴボウ茶や玄米コーヒー、漬物などを販売した。

<販売面が課題>
 渡辺さんは農協職員や乗馬インストラクターなどを経て2012年に実家で就農。市のベンチャー起業支援制度を利用し15年に農産物生産、加工、販売を手掛ける6次産業の会社「なりだファーム」を家族で設立した。「加工して付加価値を高めることで収益増が望める」と狙いを話す。
 渡辺さんは「壁になるのは販売の難しさ。農家にとっては未知の分野で難しい」と感じている。取引先との価格交渉などで「多くの労力を割かれ精神的に疲れる」と明かす。6次産業を目指す人に対し「自分に向いているかどうか、まずは道の駅で試すのもいい」とアドバイスする。
 市は08年度から、6次産業に参入する農家への支援を行う。施設整備や商品開発の費用補助だけでなく、人材育成や大学との連携の助成といった他市にはないメニューもある。市ブランド戦略室は「県内の自治体の中で、最も農業の6次産業化に力を入れている」と胸を張る。
 農家の相談に当たる同室の担当者は「自信を持って作った商品でも売れなければ意味がない。販売先を探すのが難しいようだ」と指摘する。

<30年前に挑戦>
 6次産業化という言葉が広まるずっと前に、生産から加工までに取り組んだ先駆的な農家が、登米市迫町の伊藤秀雄さん(60)だ。1988年、養豚とソーセージ・ハムの加工、レストラン営業を行う「伊豆沼農産」を創業し、89年に法人化。アジアに製品を輸出するまでに成長させた。
 伊藤さんは「大規模化に向かうか、あるいは加工、販売にも手を広げるか、農家の生きる道は二つとみた」と30年前を振り返る。養豚場の拡大は臭いなど環境面から困難と判断し、製造、販売業に進む道を選択した。
 「どんなにおいしい物を作っても従来通りに出荷していれば収入は他の農家と同じ。自分で価格をある程度提示できる6次産業は生産者が消費者ニーズを意識するという点で意味がある」と伊藤さん。
 しかし「寝ずに働いた」という創業当初の自身の経験から「一軒の農家が全てをやるのは大変きつい」と今は考える。「地域全体での6次産業化、いわゆる農商工連携を進めた方がいい」と提唱する。
 登米市内の製造業や小売業など76社が加盟する市産業振興会の後藤康治会長(65)=登米精巧社長=も伊藤さんの主張にうなずく。「生産、加工、流通の各プロがつながれば登米にこれまでになかった強い産業が生まれるだろう。課題は、各産業界をつないで調整する人材をどう見つけるかだ」と問題提起する。


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2017年11月28日火曜日


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