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<震災6年9カ月/風化>閖上の5差路 命救った歩道橋消える

大型重機によって撤去が進められた歩道橋。奥に災害公営住宅が立ち並ぶ=9日午前9時50分ごろ、宮城県名取市閖上地区

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県名取市閖上地区で、生死を分けた5差路に架かる歩道橋が9日、撤去された。あの日、歩道橋は住民約50人を津波から救ったが、約5メートル下の道路は避難する車で渋滞し、多くの犠牲者が出た。11日で震災から6年9カ月。周辺は土地区画整理事業が進み、当時を伝える遺構がまた一つ消える。
 県道塩釜亘理線のかさ上げに伴う歩道橋撤去作業は10月上旬に始まった。9日は半分残っていた歩道橋の通路部分や橋桁を、大型重機が次々と取り壊した。1975年設置の歩道橋は高さ約5メートル、階段を除く通路の長さは約62メートルあった。
 名取市美田園の漁業菊地篤也さん(55)は「命が助かった場所がなくなってしまうという思いと、復興のためには仕方がないという思いがある」と複雑な胸中を明かした。
 菊地さんは、内陸部から自宅があった閖上に車で戻る途中に土煙を目撃してUターン。車を降り歩道橋を目指して走り、駆け上がった直後に津波が襲い間一髪で難を逃れた。歩道橋では約50人が身を寄せ合った。
 地震直後、周辺は渋滞した。5差路北側の閖上大橋で交通事故が起き、橋は通行不可能に。付近は閖上から避難する車で混雑し、行き場を失った状態のところに津波が押し寄せた。
 消防団員として地域の住民らに避難を呼び掛けた同市美田園の会社員高野俊伸さん(50)は「自分は津波到達3分前に5差路を抜けたが、渋滞にはまった多くの車が巻き込まれた」と悔やむ。現場で犠牲になった正確な人数は今も分かっていない。
 5差路は2019年完了の土地区画整理事業で解消される。県道塩釜亘理線に直交する市道2本と緑道1本は掘り下げ式の立体交差とし、避難路を確保する。


2017年12月10日日曜日


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