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<大川小>「生き残ったからには友達、先生の分まで語り継ぐ」被災児童、初めて語り部ガイド

津波にのまれた裏山の前に立ち、当時の様子を語る只野さん(中央)。佐藤さん(左)、鈴木さんとともに防災の重要性を訴えた=10日、石巻市釜谷

 東日本大震災の発生から11日で6年9カ月を迎えた。10日は、児童74人と教職員10人の計84人が犠牲となった石巻市大川小の遺族らでつくる「大川伝承の会」の語り部ガイドがあり、当時5年生で津波にのまれながら奇跡的に助かった同市の高校3年只野哲也さん(18)が初めて参加。「生き残ったからには亡くなった友達や先生の分まで語り継ぎたい」と決意を語った。
 6年9カ月前のあの日、児童らは校庭に約50分間とどまり、移動を始めた直後に津波に襲われた。只野さんは、津波で倒壊する家屋や土煙に気付き、裏山の斜面をはい上がる途中でのみ込まれた。
 現場で「後ろから大勢の人に押しつぶされるような衝撃だった。一時、気を失ったが、運良く斜面に打ち上げられた」と話すと、参加者は真剣な表情で耳を傾けていた。
 鉄筋コンクリートだけが残る体育館跡で、只野さんが「各学年が学芸会の練習をしていたことを思い出す」と振り返ると、同会共同代表の佐藤敏郎さん(54)が「子どもたちにとって、学校は6年間泣いて笑った場所。『遺構』ではなく『母校』なんです」と言葉をつないだ。
 来春、宮城県内の大学に進学が決まった只野さん。初の語り部を終え、「思い出すのはつらいが、亡くなった友達や先生方の分まで大川小で何が起きたのかを伝え、少しでも防災の力になりたい」と話した。
 大川小語り部ガイドは昨年12月に始まった。10回目の今回は県内外から約50人が参加。佐藤さん、只野さんに加え、共同代表の鈴木典行さん(52)、同小卒業生の大学1年永沼悠斗さん(23)の4人が被災校舎や校庭、裏山などを案内した。次回は2018年1月28日に開催する予定。


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2017年12月12日火曜日


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