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<大崎耕土 世界農業遺産認定>次代につなぐ(上)先人の知恵/水管理 米作り支える

世界農業遺産に認定された大崎耕土。多数の居久根が生み出す景観と巧みな水管理などによる環境共生型の農業が評価された

 宮城県大崎地方の水田農業地帯「大崎耕土」が、東北初の世界農業遺産に認定された。400年以上前から続く水管理と景観、自然と共生するコメの生産手法などが国連食糧農業機関(FAO)に評価された。その価値を再確認する。(大崎総局・大場隆由、加美支局・佐藤理史)

<政宗 水路開削>
 戦国時代が終焉(しゅうえん)を迎えた1591年、仙台藩祖伊達政宗は現在の大崎市岩出山に居城を移した。その際、開削した水路が内川だ。幅11.8メートル、深さ2.4メートル。城の外側に「一ノ構」という塀を築き、その内側を流れることから命名されたと伝わる。
 内川は、北上川支流の江合川から当時の高度な土木技術を駆使して導水された。堀として城の守りを固めるとともに、農業用水として活用された。
 水路は分水堰(ぜき)から網の目のように広がり、下流域の農地約3300ヘクタールを潤す。全国屈指の米産地を支える役割が評価され、2016年に「世界かんがい施設遺産」に登録された。
 美しい内川を守ってきたのは住民だ。旧岩出山町時代の1988年、コンクリートで川の両岸と底の3面を固める改修計画が持ち上がると、景観保全を求める運動を展開。天然石約10万個を積み上げる護岸方式に変えさせた。
 川沿いには東日本大震災で損壊し、復元された有備館(旧岩出山伊達家の学問所)がある。遊歩道が整備され、住民の憩いの場にもなっている。

<各集落が共助>
 内川の清掃活動などを続ける「内川・ふるさと保全隊」隊長の真山智さん(80)は「認定は内川を守ってきた地区にとってうれしい知らせ。昔の人の水管理の素晴らしさを改めて感じる」と感慨を深めつつ、「観光客増などの経済効果も期待できるが、地元が内川を誇り、伝え守ろうという思いを強く持つことに意味がある」と力を込める。
 大崎耕土には、洪水時に遊水池となる沼やため池も整備された。時に田に濁流を招き入れ、他の田への浸水を食い止めた。政宗ゆかりの「しなやかな水管理」は各集落の共助組織「契約講」が担い、水利組合や土地改良区に引き継がれた。
 政宗は家臣に荒れ地を与えて開墾させた。1700年代、江戸のコメの3分の1は仙台藩が支えたとされる。戦後も、コシヒカリと人気を二分したササニシキが生まれるなど、大崎耕土は豊饒(ほうじょう)の地となった。
 ササニシキの後継で、冷害に強く栽培しやすい品種として開発された「ささ結(むすび)」(東北194号)など数多くの育種に関わった宮城県古川農業試験場の永野邦明場長(58)はこう語る。
 「稲作は水をいかにコントロールするかが重要になる。先人から伝えられてきた水管理の知恵や育種といった人間の英知で、今の米作りがある」


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2017年12月13日水曜日


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