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<伝える〜被災地から>葛藤乗り越え語り部に「なぜ友は亡くなり、自分だけ助かったのか」

語り部をする添田さん(左端)。「自分の体験を多くの人に伝えたい」と話す=9月10日

 東日本大震災の発生から6年9カ月余りがたつ。記憶の風化を肌で感じながらも、備えの大切さや古里の思い出を伝えている人々がいる。震災の教訓を糧に、ひた向きに活動する姿を被災地で追った。(石巻総局・水野良将)

◎(上)踏み出す

<自分を責め続け>
 同級生だった親友が暮らしていた地で、語り部としての一歩を踏み出した。9月10日、宮城県東松島市大曲浜地区。東北文化学園大1年添田あみさん(18)が同大の学生ら約30人を案内した。
 「震災から6年半がたち、やっと気持ちの整理がつきました。懐中電灯や食料を用意しておけば、すぐに逃げられる。災害時は、できるだけ早く避難してください」
 2011年3月11日。大曲小6年だった添田さんは学校で、卒業制作をしていた。突き上げられるような揺れを感じ、校庭に避難。近隣住民が迎えに来た。「バイバイ」。そう言って親友と別れた。
 海から約2キロ離れた大曲小にひたひたと津波が押し寄せる。車、木、がれきが交じった濁流が、校庭で洗濯機のように渦を巻いていた。
 3月末の卒業式の日、会場に親友の姿はなかった。学校の近くで亡くなった、と告げられた。先生の話がそれ以上頭に入らず、泣くことしかできなかった。
 親友と過ごす時間は気持ちが落ち着いた。海で楽しく釣りをしたり、好きな漫画のキャラクターの話で和んだり。「一緒に声優になれたらいいね」。共に歩む未来を思い描いていた。
 思春期。合唱部での活動や文化祭など学校生活を送る傍らで、自分を責め続けた。「あの時、私が『家に帰っちゃ駄目だよ』と言っていれば、あの子は助かったかもしれない。なんで私が助かったんだろう」

<思い出は消えず>
 葛藤する自分と向き合ってくれる複数の教員がそっと背中を押してくれた。
 「親友が体験できなかったことを、あなたは体験できる。悲しみをちょっとずつ受け止めて、体験を何十年後かに親友に伝える。その時を目指して頑張ることは間違いじゃないよ」
 今年夏、地元のイベントの打ち合わせで、語り部グループ「TSUNAGU Teenager Tourguide(TTT)」の関係者と知り合った。TTTは東松島市内の高校、大学生の女性たちが自分の震災経験を語り継ぎ、防災に貢献している。
 「私も語り部になる」。親友がこの世に生まれた8月10日、添田さんはそう決意した。
 親友が生きた大曲浜地区ではかさ上げ工事が進む。目に見える景色が変わっても、2人で遊んだ思い出は色あせない。
 「行ってきます」と言って出た家に、「ただいま」と帰る。そんな日常のありがたさが身に染みる。
 あの時、あんな風に言えばよかったな、もっと話しておけば−。そう悔やむ人が一人でも減ってほしいと、切に願う。


2017年12月22日金曜日


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