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<楽天>夢のあとさき(上)榎本 葵/最後にらしさ取り戻す

12球団合同トライアウトに参加し、打席に立つ榎本

 求め続けた自分らしさを最後の最後に取り戻した。
 11月15日、広島市のマツダスタジアムで行われたプロ野球の12球団合同トライアウト。所属チームを戦力外になった選手が再起を懸けた舞台で、元東北楽天でヤクルトの榎本葵外野手(25)が輝きを放った。
 実戦形式の4打席に立ち、四球を選んだ後は中前打、右越え本塁打、中前打。3安打は参加野手25人の中で最高成績だった。「プロ7年間で一番いいバッティングができた。人にあれこれ言われたものじゃなく、ちゃんと、僕の打ち方で」

<3年連続戦力外>
 プロの世界に入る選手は毎年100人ほど。ごく一部のエリートを除けば、実力だけでなく、運と巡り合わせも成功の大きな要素となる。
 榎本にはそれがなかった。
 2011年、福岡・九州国際大付高から東北楽天入りした。ドラフト4位で、イチロー外野手に似た走攻守がそろったタイプ。当時の球団幹部は「必ずレギュラーになれる」と太鼓判を押した。本人も輝かしい未来を疑わなかった。
 1年目は2軍で打率3割と順風満帆。ところが2年目、当時のコーチに打撃フォームを矯正されて不振に陥った。合わないフォームで無理するうちに自分の打ち方を見失い、元に戻そうと模索しては混乱した。
 満足に試合に出られないまま、5年目の15年秋、戦力外を告げられ、育成選手に。16年秋、2度目の戦力外となり、トライアウトを経てヤクルトに移籍。しかし、今年10月に3年連続の戦力外通告を受けた。
 「『プロ1年目の自信があった時の打ち方に戻せばいける』という思いが強過ぎた。戻れないなら、先に進むしかないのに」
 ただ、ヤクルトで立ち直るきっかけをつかんだ。不振を極めた今シーズン半ば、思い切って全く新しいフォームに変えた。戦力外通告を受けてトライアウトまでの1カ月半、一日も休まず無心で練習し、やっと自分のスイングをつかんだ。

<「プロ復帰目標」>
 トライアウト後、プロ球団から連絡はなかったが、東京都内のクラブチーム「REVENGE99」から声が掛かり、入部が決まった。7月に結婚したばかり。来年からは会社員として仕事をしながらプレーする。
 「NPB(日本プロ野球の12球団)が全てじゃない。野球ができることが一番うれしい」。不遇だったプロ生活にも「結果が全て。自分の中に気持ちの弱さがあったんだと思う」と言い訳はしない。
 「これが僕の人生。遠回りしたけれど、これで良かったと思える日が来たらいい」
 2年後、プロへの復帰資格が得られる。「目標は、いい成績を残してプロに戻ること。自分らしいプレーを貫いて、今度こそプロの世界で活躍できるように」
 アオイは太陽に向かって真っすぐに葉を伸ばす。いつの日か、大きな花を咲かせるために。

 プロ野球の世界に飛び込み、華々しい成功を収めるのはほんの一握り。志半ばで戦力外通告を受けて球界を去る選手たちにとって、「プロ野球選手」とは何か。元東北楽天の3選手に聞いた。(浦響子)

[12球団合同トライアウト]プロ野球12球団を戦力外になった選手が参加し、シート打撃形式で実施する入団テスト。12球団のほか、独立リーグや社会人野球など幅広いチームのスカウト陣が視察する。プロ12球団との契約にこぎ着けられたのは、16年は参加65人中3人、17年は51人中1人(21日現在)と確率が極めて低い。


2017年12月22日金曜日


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