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<楽天>夢のあとさき(中)武藤 好貴/プロでの経験伝えたい

東北楽天時代のユニホームを段ボール箱にしまう武藤。22日に荷出しを終え、6年間住んだ仙台に別れを告げた=20日、仙台市内

 レールの先は同じでも、8年前とは気持ちが全く違う。
 武藤好貴投手(30)は今秋に東北楽天を戦力外となり、古巣のJR北海道硬式野球クラブ(元JR北海道野球部)に戻る。2010年、中京大から意気揚々と故郷の名門に入部したときとは対照的だった。
 「プロは『これ』と思うものがないとやっていけない世界。自分にはそれが見つからなかった」
 確固たる信念、人に左右されない自信。成功を収める選手は精神力が並み外れていることを思い知った。
 「プロはバケモンの集まり。自分は一般人だった」。12年にドラフト1位で入団し、6年間を過ごした仙台を去る直前、冗談めかして笑った。

<3年間白星なし>
 「脱線」の序章は1年目の春季キャンプ。アーム式のような独特の投げ方を矯正されたことがきっかけで、問題ない動作が突然乱れる「イップス」に陥った。狙った所に球が行かない。社会人時代に経験したことのない感覚に悩んだ。
 即戦力と期待されながら、3年間未勝利。焦りは精神をむしばんだ。2軍のロッカールームでは人目を避けるように、一番奥に座った。何をしても楽しくない。スマートフォンでうつ病の症状を調べると、ほぼ全て当てはまった。「完全にうつ病だわ自分、って思いました」と振り返る。
 1軍で活躍するチームメートがまぶしかった。年間143試合をフルで戦っても疲れた様子さえ見せず、いつも明るく振る舞っていた。
 15年に1軍に定着し、中継ぎとして60試合に登板して4勝をマーク。壁を打ち破ったかに見えたが、「1年投げても『これ』と思うものが見つからなかった。だから、また振り出しに戻った」。翌年から再び、ほぼ2軍暮らしが続いた。
 今季は1軍登板なし。「このまま終わってしまうのかな」。8月ごろに戦力外を意識してからは、試合でも緊張感がなくなった。10月に戦力外通告を受けたが、既に気持ちはプロの世界から離れていた。
 「昔から夢だったプロ野球選手になれたまでは良かった。でも、その後はうまくいかないことの方が多くて、しんどかった」

<7季ぶり古巣>へ
 「お前、そろそろクビだろう。戻ってこないか」。古巣の誘いを受けて、来季、7季ぶりに緑色のユニホームに袖を通す。22歳の入部時は「自信もあって、イケイケだった」。今度はクラブ初のプロ野球経験者として、別の思いを持つ。
 「JR北海道からプロに行く選手が出たらいい。自分の失敗を生かしてこうしたらいいとか、多少は伝えられるかな」
 自分の野球人生の終着駅は故郷のクラブと決めた。ここから、またプロ野球選手への新たな軌道が敷かれることを願っている。

[プロ野球選手の在籍年数と進路]NPB(日本野球機構)が実施した追跡調査によると、2016年に引退するか戦力外通告を受けた選手125人の平均年齢は29.6歳、平均在籍年数は8.5年。うち約半数の60人(48%)が現役続行や球団スタッフなどでプロ野球界に残り、22人(18%)が独立リーグや社会人チームに進んでいる。


2017年12月23日土曜日


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