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<この人このまち>途絶えそうな神楽 裏方で支える「面打ちは伝統を守り残す手段」

佐藤高広(さとう・たかひろ)1979年宮城県栗原市栗駒生まれ。明治創業の佐藤畳店の4代目で、2008年から代表を務める。

 宮城県北、岩手県南では山伏による法印神楽が大衆化した南部神楽が広く伝わる。栗原市栗駒の佐藤高広さん(38)は畳店を営む傍ら、神楽面制作「広運工房」を構えて面打ちに取り組む。「伝統芸能を廃れさせてはいけない」と裏方として支える。(若柳支局・横山寛)

◎神楽面打ち師 佐藤高広さん(38)

 −神楽との出合いは。
 「父の話によると、物心つく前から神楽が好きで、しょっちゅう大会に連れて行くようせがんでいたそうです。自分用の神楽面を買ってもらったのは2歳のとき。小学5年で子役として舞台に上がりました」

 −面打ちを始めたのはいつごろでしょう。
 「小6のときに彫刻刀で彫ってみたのが最初です。近所に住む面や仏具の塗り師に見せたら、『げたか』と酷評されていったん挫折しました。中学3年のとき一関市の面打ち師、蘇武運一郎氏の作品を見て『あか抜けている。神楽面の基本になるべきだ』と思い込み、何度も通って教えてもらうようになりました」

 −どんな指導を。
 「打った面を持参し、口頭でどの部分をどのように直すべきかを教えてもらいました。ずっとその繰り返しです。師匠が打っているところを見せてもらったことはないし、実地指導を受けたこともありません」

 −本格的に取り組む理由は。
 「面打ち師は少なくなり、高齢化も進んでいます。誰かが出てくるのを待つよりは、自分でやる方が手っ取り早いと思ったから。神楽をやる人も高齢化が進み、少子化で後継者も少ない。このままでは伝統芸能は途絶してしまう。面打ちは神楽を守り、残すための手段なんです」

 −これまでに打った面はどのぐらいですか。
 「新調と修理を合わせて約430。本業があるから新調で年間打てるのは十数面。半分に切ったキリの丸太を、のみや彫刻刀で彫り出します。国の重要無形民俗文化財に指定された黒森神楽(宮古市)から16面の新調を頼まれていますが、地元優先だから全て出来上がるのはまだ先です」

 −今後の抱負は。
 「作っても作っても『もっとうまくできたのでは』と考え続けています。『満足してくれただろうか』との重圧もあります。面の売り上げは全て勉強用にするため古い面や能面の購入に充てています。常に精進する。こんなことができるのは、理解してくれる家族のおかげです」


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2017年12月25日月曜日


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