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<平昌への道>小林潤 覚醒 ジャンプ男子で際立つ安定感 エースとして日本けん引

W杯ジャンプ個人第1戦で初優勝した小林潤志郎=11月

 ノルディックスキー、ジャンプ男子で八幡平市出身の小林潤志郎(26)=雪印メグミルク、岩手・盛岡中央高−東海大出=が五輪イヤーの今季、覚醒した。11月のワールドカップ(W杯)個人第1戦で初優勝すると、その後の全4戦はいずれも10位以内に入り、安定感が際立つ。団体戦は最終の4番手を務め、日本のエースとして平昌を見据える。
 今季は滑走姿勢にぶれがない。尻を高くし、膝が動く癖を直した。空中姿勢は元々定評があり、相乗的に結果を出してきた。「それにしても、どうしてこんなに状態が良いのか、分からないところがある」。本人も驚くほどの好調ぶりだ。
 2011年に複合から転向しW杯デビュー。将来を嘱望されながら、昨季まで最高13位と伸び悩んだ。平昌代表争いは、ソチ団体銅メダルメンバーの葛西紀明(土屋ホーム)伊東大貴(雪印メグミルク)竹内択(北野建設)のベテラン勢に続いて、4人目に食い込めるかという状況だった。
 今や代表争いどころか、団体戦ではアンカーに抜てきされ、偉大な先輩を引っ張る。個人、団体共に、メダルの期待を背負う立場になった。「重圧は感じるが、それも楽しみたい。エースと言われても、やっぱり葛西さんが一番」。あくまで自分のペースを貫く。
 弟の陵侑(21)=土屋ホーム、盛岡中央高出=からも刺激を受ける。昨季までW杯最高成績は陵侑の7位に劣り、世界選手権も陵侑だけが出場した。「絶対に越えてみせると思っていた」。W杯は団体で共に戦っており、兄弟で五輪の夢に近づいている。
 今年2月、五輪のテスト大会を兼ねた平昌でのW杯。ジャンパーが嫌がる強風が四方から吹き付けた。ジャンプ台の上からは風力発電の風車が回るのが見え、ため息が出た。しかも当時は不調でいいイメージは少ない。それでも、「緊張しないよう、メンタルを強化する。風は運を味方に付けたい」と表情は柔らかい。大舞台へ向けて気負いはない。(佐藤夏樹)


2017年12月26日火曜日


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