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<回顧17みやぎ>(13)衆院選で民進分裂/一時代の終わり痛感

8選を果たし、花束を手にする安住氏。野党共闘路線の立役者は、無所属からの出直しを模索する=10月22日、石巻市

 「まさに『政治の一寸先は闇』。年の瀬の国会に無所属で臨むとは」。民進党県連代表だった安住淳衆院議員(宮城5区)は東日本大震災で被災した地元を歩きながら、冷たい海風に独り、身を置いていた。
 衆院選(10月10日公示、22日投開票)は自民党が1強の足元を固めた一方で、多弱とされた野党の勢力図を一気に書き換えた。
 突然の解散風を受け、慌てて安住氏の携帯電話を鳴らしたのは9月18日。「仙台の2議席を必ず取る。野党が共闘できれば間違いない」。空白だった1、2区の候補擁立を明かした安住氏の自信に満ちた声に、身震いしたのを思い出す。
 昨年の参院選で共産、社民両党から選挙協力を取り付け、全国初の野党共闘路線をけん引した安住氏。衆院選で共闘を再現し、2009年の政権交代以来となる「仙台2議席独占」のシナリオを描いた。
 「先行きが見えない」。強気一辺倒の安住氏が言葉を濁したのは、1週間後だった。民進の前原誠司・前代表が、小池百合子東京都知事が旗揚げした希望の党への合流を表明。共産、社民は憲法改正を容認する希望を「自民の補完勢力」と批判し、共闘は破綻した。
 直後に安住氏は県連代表を辞し、地元の石巻市に戻って無所属での立候補を表明した。「バラバラで戦って勝てるほど自公政権は甘くない」と警鐘を鳴らした通り、県内では5区を除いて自民候補に敗れた。
 「淡い小池ブームに乗っかって共闘を壊し、党は四分五裂となった。自民に感謝されるような選挙をした野党は後にも先にもない」。安住氏が漏らした悔恨の言葉が、今も重く響く。
 選挙後、民進の混乱は落ち着くどころか、収束の兆しが全く見えない。新党結成や党名変更による「解党的出直し」も浮上。県内では立憲民主党入りを模索する動きも出始め、崩壊に向けた足音が聞こえる。
 12月16日の県連大会。冒頭、3月に死去した元参院議員岡崎トミ子さんに全員で黙とうをささげた。会場には、県内で「民主王国」の礎を共に築いた安住氏の姿もなかった。岡崎さんの死は、一時代が終わる予兆だったのかもしれない。
(報道部・桐生薫子)

[メモ]衆院選は民進が希望と立民、無所属に分裂。政権批判票の分散で、自民と公明の与党が310議席を獲得する地滑り的な圧勝を収めた。県内6小選挙区では自民が5議席を維持し、野党は民進系無所属として戦った安住氏の1議席にとどまった。


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2017年12月28日木曜日


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