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<回顧17みやぎ>(14完)気仙沼大島大橋/祝賀機運 行政水差す

大島と本土を結ぶ気仙沼大島大橋。県内外で注目度が高まっている

 転勤で宮城県気仙沼市に引っ越してきた3月29日は、地元にとって50年来の悲願である「希望の架け橋」がつながった日でもあった。
 気仙沼市の離島・大島と本土を結ぶ「気仙沼大島大橋」が架設され、2018年度末の完成に向け、いよいよカウントダウンが始まった。地元はどこか華やいだ雰囲気があった。
 橋をくぐるクルージングは評判を呼び、橋の人気にあやかるメニューを考案する焼き肉屋もあった。島民を対象にした初の見学会には予想を上回る320人の住民が集まった。
 そんな地元の盛り上がりに水を差したのが行政だった。11月18日にあった島内の説明会で、市は橋の完成と同時期のオープンを目指した観光拠点「大島ウエルカム・ターミナル」の供用開始が20年度までずれ込む見通しを明らかにした。関連した県の事業が20年度まで遅れるのが影響した。
 東日本大震災後、気仙沼市の観光客数は落ち込んだままだ。16年の観光客数は135万3500人と震災前10年(254万600人)の53.3%にとどまる。
 大島大橋の開通は市の交流人口拡大に向けた起爆剤としての役割を担う。市が離島に橋が架かった他地域の状況を参考に算出した予測によると、開通直後のピーク時、1日あたり大島大橋の交通量は約1万200台に達するという。
 ゴールデンウイークであったり、夏休みであったり、19年度は多くの観光客が島を訪れるだろう。だが、この需要を取り込む施設が島にはできない。特に、観光拠点に商業モールを建設する予定だった島の商店主らの落胆は大きい。
 県、市は責任の重さと島民の痛みをどれだけ感じているのだろうか。
 「県の事業が進まなければ動けない」(市担当者)、「当初の計画に無理があった」(県気仙沼土木事務所)。取材で聞いた責任を押し付け合うような発言からは、住民に寄り添う本来あるべき行政の姿勢はみじんも感じられなかった。
 事業の遅れを検証し、善後策を探る県と市の調整会議の初会合が今月26日にあった。担当者は一様に「整備日程を一日でも早めたい」と口をそろえる。
 単なるリップサービスに終わり、地元を再び失望させることだけは許されない。県、市双方の力量と真剣さが問われている。
(気仙沼総局・大橋大介)

[メモ]長さ356メートル。橋脚間の長さは297メートルで東日本では最長のアーチ橋。県が進める東日本大震災の復興事業に位置付けられる。東北で離島の架橋事業は初めて。旧大島村が1951年に架橋を構想。67年に県の発展計画に盛り込まれた。


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2017年12月29日金曜日


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