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<楽天>片山 波瀾万丈の12年 ドラ1→打者転向→育成降格→投手再転向

本拠地でのロッテ戦、プロ初勝利を完封で飾って喜ぶ片山(右)。捕手井野=2008年7月2日

 片山ほど波瀾(はらん)万丈なプロ野球人生をたどった選手も珍しい。06年、兵庫・報徳学園高から高校生ドラフト1巡目で2球団競合の末に東北楽天入団。中継ぎ左腕として活躍したが、けがに苦しみ打者転向、育成降格、投手再転向とめまぐるしい12年間だった。
 最初の転機は10年。先発から救援に転向して道が開けた。「自分はその日その日で切り替えて引きずらないタイプ」と53試合で防御率1.88の好成績を残し、翌11年にはチーム最多の59試合に登板した。
 だが、その後は左肘の痛みに悩まされ続けた。15年2月、春季キャンプ中に野手転向を決断した。
 投手時代から打撃練習では野手顔負けの打球を飛ばしていた。2軍の泉練習場では「片山が野手に転向してから練習用のボールが(場外に飛んで)減った」という逸話が生まれたほど。
 だが1年後の16年3月、左腕が手薄なチーム事情で投手に戻ると、野手になってから鳴りを潜めていた左肘痛が再発。17年3月には靱帯(じんたい)を損傷し、再建手術(トミー・ジョン手術)に踏み切った。
 試合に復帰できないまま10月に戦力外通告を受け、12球団合同トライアウトに参加。今月中旬に独立リーグのルートインBCリーグ武蔵とコーチ兼任投手として契約を交わした。「プロに戻りたい気持ちはあるが、まずは武蔵で来年1年しっかりやりたい」と話す。
 野手の1年間を「打者心理が分かるようになり、投手としてもすごく勉強になった」とプラスに捉える。「武蔵にはいい球を投げる投手が多くいるので力になりたい」と、自身の経験を若手にも伝えたい考えだ。
 「買い物している時とかにいつも『頑張ってね』と声を掛けられ、うれしかった。仙台の街、東北の人たちが僕を育ててくれた」。12年間の感想を聞くと、ファンへの感謝の思いが口を突いた。(浦響子)


2017年12月29日金曜日


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