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<ふるさと息づく 岩手・大槌>(中)震災/慰霊碑建立 津波へ戒め

震災犠牲者の慰霊碑前に立つ兼沢さん

 東日本大震災で人口の約1割に当たる1285人が犠牲になった岩手県大槌町。内陸部に位置する金沢(かねざわ)地区も無縁ではなかった。
 2011年3月11日夜、民生委員の佐々木成子さん(73)は自宅の隣にある集会施設に1台の車が止まっているのに気付いた。
 中には夫婦がいた。命からがら津波の難を逃れ、車中に泊まるという。「入って休んで」。大急ぎで施設の鍵を開け、ストーブをたいた。
 次の日から金沢に続々と避難者が押し寄せてきた。みんなが口々に「町がなくなった」と言う。3カ所の避難所で一時350人以上が寝起きを共にした。親戚や知人の家に身を寄せた人は、3月21日時点で275人を数えた。

<地域挙げ支援>
 沿岸部が壊滅した大槌。ライフラインが途絶える中、金沢では地域を挙げて避難者支援に奮闘する日々が始まった。
 佐々木さんら民生委員は毎日、避難者向け支援物資を沿岸被災者が身を寄せている家に届けた。住民は自宅からコメや毛布を持ち寄り、避難所などで炊き出しをした。まきで湯を沸かし、避難者を自宅の風呂に招く人もいた。
 避難所の開設は7月末まで続いた。食料確保などに奔走した農業兼沢平也さん(70)は「被災していない自分たちが助けなければ。その一心で頑張るだけだった」と振り返る。
 昨夏、町補助事業を活用して震災犠牲者の慰霊碑を建立する計画が持ち上がった。金沢でも震災時に仕事で海の近くにいるなどした2人が亡くなっている。

<聞き取り実施>
 「それだけじゃない。就職や結婚で出て行った出身者も大勢犠牲になった」と臨済宗大勝院の住職、谷藤邦緒さん(66)。兼沢さんらと全世帯にアンケートを実施し、碑文の内容や建立場所を決めた。
 地区住民のほとんどが檀家(だんか)という大勝院の一角に碑は完成し、今年8月に除幕式があった。交通量の多い県道沿いで目に付きやすい。お盆には他地区から手を合わせに来る人の姿もあった。
 「地震があったら津波が来ると考えよ」「何度も津波が来る。一度逃げたら戻るな」。碑には震災の規模や町の被災状況とともに八つの戒めを刻んだ。
 谷藤さんは「次に大地震が起きたとき、仕事や通院で海沿いにいるかもしれない。墓参りに来た住民が改めて犠牲者に思いを寄せ、備えの気持ちを新たにしてほしい」と願う。


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2017年12月29日金曜日


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