宮城のニュース

先人の教訓守っていれば… 震災で流失した津波の碑発見 宮城・山元

明治三陸大津波と昭和三陸津波を伝える石碑を見つめる鈴木さん

 東日本大震災の大津波で流失した明治三陸大津波(1896年)と昭和三陸津波(1933年)を伝える石碑が山元町磯地区で見つかった。碑は建っていた地区内の磯浜漁港付近に再び設置される見通し。住民は6年ぶりの発見に喜び、「震災の惨禍とともに過去の津波も伝えていきたい」と話している。
 町によると、碑が見つかったのは8月ごろ。高さ約2.3メートルで重さは1トン程度とみられる。磯地区を襲った高さ10メートル前後の津波に流され、元の場所から西へ50メートルほどの工事現場で埋まっていたのが見つかった。現在、発見場所近くの建設会社事務所で保管されており、町が来年度以降に港付近に再設置する方向で検討が進められている。
 碑は、昭和三陸津波の際に全国から寄せられた義援金で被災した各地に建てられたうちの1基。表には「地震があったら津波の用心」と刻まれている。裏には明治と昭和の津波の被害状況が記されており、磯地区周辺の津波が明治で約2メートル、昭和で約2.3メートルだったことなどが記録されている。
 同時に建てられた磯地区の隣、中浜地区の碑も津波に流されたが既に発見され、旧中浜小跡地で保管されている。
 磯地区の自宅が全壊し、町の災害公営住宅に住む鈴木勝雄さん(70)は「毎年正月、地域住民は海の安全と豊漁を願って神社だけでなく碑を参拝していた。再び見ることができて良かった」と感慨深げだ。
 碑の警告にもかかわらず、磯地区では震災で約50人が犠牲になった。鈴木さんは「あれほどの津波が来るとは、ほとんどの住民が考えていなかった」と振り返る。
 磯地区の猪又賢区長(63)は「せっかく見つかったので今回の震災とともに、過去の津波のことも後世に伝えていきたい」と話している。


2017年12月31日日曜日


先頭に戻る