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<みやぎの平成30年>(2)大学開学 地域の人づくり掲げる

学生が行き交う宮城大大和キャンパス本部棟エントランスホール=大和町
宮城大の第1回入学式。野田一夫初代学長が新入生一人一人と握手した=1997年4月14日

 新年は「平成30年」の節目の年。バブル経済真っ盛りに始まった「平成」は来春、天皇陛下の退位によって幕が引かれようとしている。「平成」はわれわれにとってどんな時代だったのか? 宮城県内であったこの29年の出来事を振り返りながら、今を見つめて、次代へとつなごう。

◎〜結ぶ、つながる〜 ◆平成元、9年

 1997(平成9)年4月1日。宮城大が、県で初めての公立四年制大学として宮城県大和町に開学した。東北、宮城の発展を担う人材の育成を目的に、県が約213億円を投じた。
 開学前から波乱の連続だった。2学部構想を打ち上げた知事がゼネコン汚職で逮捕され、開学は1年延期。目玉の観光系学部や少子化時代の大学新設を巡り、国との協議も難航した。観光系学部の名称は二転三転し、認可申請直前に「事業構想学部」に決定した。
 「教員確保、入試と最後まで綱渡りだった。無事開学にこぎ着けた時は感慨深かった」。93年の県立大学設置準備室発足時から室長を務めた小出恭さん(70)は思い起こす。
 事業構想学部の教員はパソコン通信で実務経験者を募った。建設コンサルタント会社から転じた蒔苗(まかなえ)耕司教授(52)は「教員たちは理想の大学像を追って熱く議論した。衝突もあったが面白かった」と振り返る。
 初年度の志願倍率は前期30.7倍、後期40.4倍と高騰した。1期生で学生自治会の初代委員長を務めた仙台市青葉区の一般社団法人理事長渡辺一馬さん(39)は「とんがった学生が集まり、教職員と試行錯誤しながらハードに魂を吹き込んでいった」と語る。
 東北では92〜2004年、公設大10校が相次いで誕生した。高度化する看護への対応に加え、地域振興や若者の定住を促す自治体戦略の一環だった。
 「開学から20年たち、宮城大は岐路に立っている」と川上伸昭理事長・学長(61)。大学は17年度、学群制の導入、基盤教育の充実、AO入試の新設を柱とする改革に踏み切った。「社会が大きく変転する中、県内へ優秀な労働人口をどう供給していくか。教育の質の向上に徹底的に取り組む必要がある」と強調する。
 地域に根差した大学を旗印とする石巻専修大(石巻市)は89(平成元)年の開学。地元の強い要望で誘致され、学生は初年度から青年会議所や市役所と共にまちづくりに関わってきた。
 1期生で就職進路支援を担当する同大職員猪瀬寿人さん(47)は当時の経験が今に生きると感じる。「飲みに行くと『学生か』と声を掛けられ、ごちそうになった。人が人を支え、育てることの大切さを地域から教わった」と懐かしむ。(報道部・上村千春)

[メモ]宮城大は1997年4月、看護、事業構想の2学部で開学。2001年大学院設置。05年に県宮城農業短大を統合し、食産業学部を仙台市太白区に設置した。09年法人化。17年5月現在の学生数は1783人、大学院生102人。卒業生の累計は6683人。県内就職は4割以上。
 石巻専修大は89年4月、理工、経営の2学部で開学。93年に大学院、13年に人間学部を設置。学生数は1182人、大学院生13人。卒業生の累計は約1万人。県内就職は約4割。


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2018年01月03日水曜日


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