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<みやぎの平成30年>(3)高森遺跡で旧石器発掘、捏造発覚 地域資源 見直す契機に

捏造の検証に備え、遺跡の埋め戻し作業をする東北旧石器文化研究所の関係者=2000年11月、旧築館町の上高森遺跡
高森遺跡で発掘された捏造石器。一部が東北歴史博物館(多賀城市)で保管され、事前に申請すれば誰でも見ることができる

 新年は「平成30年」の節目の年。バブル経済真っ盛りに始まった「平成」は来春、天皇陛下の退位によって幕が引かれようとしている。「平成」はわれわれにとってどんな時代だったのか? 宮城県内であったこの29年の出来事を振り返りながら、今を見つめて、次代へとつなごう。

◎〜結ぶ、つながる〜 ◆平成3、12年

 「掘ったのが『神の手』となれば、信じざるを得ないですよ…。今思えば、話が出来過ぎでした」
 高森遺跡の「大発見」があった1991(平成3)年、旧築館町(現栗原市)教委文化財保護係長だった遠藤義勝さん(68)は苦笑いしながら振り返る。
 県教委は93年、高森遺跡を「日本最古の50万年前の遺跡」と発表。翌年には上高森遺跡のさらに古い地層で旧石器とされる遺物が出た。人口約1万6000の町は一躍全国区となった。
 勢いに乗ろうと同町は町のキャッチフレーズに「原人が見上げた空のある町」を採用。商店には原人の名を冠した土産物が並び、地域は遺跡ブームに沸いた。
 2000(平成12)年11月、捏造(ねつぞう)の発覚で状況は一変した。連日の報道に、町は一転、落胆ムード一色に。原人をモチーフにした町制作のキャラクターや仮装コンテストなどの関連行事は次々と姿を消した。
 あれから約20年。地域や学校で当時を語る機会はほとんどなくなった。「今の子どもたちは騒動を知らない。どんどん過去の話になっていく」(市教委担当者)のが実情だ。
 一方で、原人に愛着を持つ人も少なくない。原人ラーメンを提供する「まるよ食堂」の鈴木純子さん(55)は「地域の一ページ。食を通じ、若い人に伝えていければ」とほほ笑む。
 「観光資源が少ない町に風を吹かせた」と言うのは原人パンを扱う洋菓子店パレットの高橋寛社長(59)。「町づくりにおいて風頼みがいかに危ういかも教えてくれた。良くも悪くも得るものがあった」とみる。
 旧築館町では昨年、国史跡の伊治城跡が築城1250年を迎えたほか、国の文化審議会が古墳時代の大規模集落跡である入の沢遺跡(栗原市築館)を国史跡に指定するよう答申した。遺跡を生かした町づくりへの機運が地域で再び盛り上がりつつある。
 歴史資源の活用による活性化を提唱する同市築館の元教員斎藤義憲さん(74)は言う。
 「捏造事件は一時は負の記憶とされたが、今となれば笑って語れる貴重な教材。あの日以降、地域資源とは何かを見詰め直す人が増えた気がする。原人騒動は、捉え方次第で今後のまちづくりのばねになる」(栗原支局・土屋聡史)

[メモ]1991(平成3)年4月、東北旧石器文化研究所(多賀城市)の前身団体によって発掘された高森遺跡の石器が、日本最古の前期旧石器時代である可能性が浮上した。その後、西隣にある上高森遺跡のさらに古い地層からも石器が出土。ほぼ全ての発掘に携わった研究所副理事長は「ゴッドハンド(神の手)」と呼ばれた。だが2000(平成12)年11月、副理事長が同遺跡で別の時代の石器を埋め、掘り返していたことが発覚。現在は同遺跡など県内28遺跡が登録抹消、高森遺跡を含む101遺跡が旧石器でない他時代に登録変更された。


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2018年01月04日木曜日


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