宮城のニュース

<南極見聞録>「しらせが来たぞ」新顔や生野菜に沸く

停泊中のしらせ。これからパイプを延ばして基地まで2日間をかけて1年分の燃料を送ります。万一に備え、2年分の燃料がないと越冬できません。パイプラインは生命線です(筆者撮影)
輸送作業中の大型ヘリコプター。物資の輸送や観測隊員の調査地点への送迎を行います。乗員合わせて30名以上、荷物なら4.7トンを運搬できるそうです(筆者撮影)

 第58次南極地域観測隊に仙台市太白区の外科医大江洋文さん(57)が参加している。過酷な環境の中で任務に励む日々。極地の「今」を伝える。

◎こちら越冬隊 Dr.大江(18)しらせ接岸

 南極観測船「しらせ」は第59次隊を乗せて、昨年12月2日、オーストラリアを出港しました。途中、海洋観測をしながら、約3週間をかけて、23日朝、昭和基地の沖合約500メートルの地点に「接岸」しました。
 とはいえ、基地の周りは凍った海だけで、桟橋も岸壁もありません。パイプラインを使って、しらせから基地に燃料輸送が可能な約1キロ以内の場所。そこに停泊することを便宜上、接岸と呼んでいるのです。

<59次隊基地入り>
 「しらせが来たぞ」。氷を割りながら、鮮やかなオレンジ色のしらせが姿を見せると、外で見ていた隊員から無線で、基地に連絡がありました。
 昨年2月には「また来るぜ」を意味する信号旗を掲げて帰国するのを見送りました。今回は英語でI came back to SSの旗をはためかせての到着でした。SSはShowa Station=昭和基地のことです。旗は「昭和基地に戻ってきたよ」という意味です。
 それに先駆けて、20日には59次隊の隊員がヘリコプターで続々と昭和基地入りしました。基地は夏真っ盛り、日中の気温は0度を上回り、風がなければ外の作業でも汗ばむほどで、越冬を経験した隊員が半袖のTシャツで活動する姿も見られます。
 これから約1か月半、58次と59次の両隊が力を合わせて、基地の引き継ぎ作業や共同の観測に取り掛かります。私たちにとって次の隊の到着は、帰国が迫っていることを実感させる出来事でもあります。新隊員とともに運ばれてきた久しぶりの生野菜、果物、生卵にはみんな大喜びでした。早速その日の昼食で、山盛りの千切りキャベツをほおばりました。

<夜通し物資輸送>
 一緒に届いた家族や友人からの手紙や差し入れなどもあって、基地の中は一日中、高揚した雰囲気でした。しかし楽しんでばかりもいられません。ヘリコプターで運び込まれた物資の荷受け作業や、パイプラインからの燃料輸送、空輸できない重量物を雪上車で運搬する氷上輸送など、白夜の中で夜通ししなくてはならない仕事はたくさんあるのです。
 越冬中は外部の人との接触は皆無で、抵抗力が落ちていると言われます。真偽はさておき、新しい隊員から感染する可能性をできるだけ低くするために、真っ先に、持ち込まれたインフルエンザワクチンを隊員に注射しました。私も大忙しでした。(第58次南極越冬隊員・医師 大江洋文)


関連ページ: 宮城 社会

2018年01月06日土曜日


先頭に戻る