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<星野仙一氏死去>東北明るくしてくれた 仙台市民ら惜しむ声

手作りのメッセージボードを掲げ退任する星野監督との別れを惜しむ東北楽天ファン=2014年10月7日、仙台市宮城野区のコボスタ宮城

 突然の訃報に誰もが言葉を失った。プロ野球東北楽天の元監督、星野仙一さんが死去したことが分かった6日、本拠地の楽天生命パーク宮城(仙台市宮城野区)には球団関係者らが慌ただしく出入りした。東北楽天を初の日本一に導いた「闘将」の早すぎる死に市民からは惜しむ声が相次いだ。
 楽天生命パークには早朝からキャンプに備えた自主トレーニングのために選手が訪れた。塩見貴洋投手は「やせたと思っていたが、がん(を患っている)とは知らなかった。突然すぎて…」と声を落とした。
 塩見投手は2010年のドラフト会議でヤクルトと東北楽天が1位指名し、監督に就任したばかりの星野さんが交渉権を引き当てている。「僕は星野さんに取ってもらった。思い出がたくさんある」と言葉少なだった。
 星野さんと同じ東京六大学野球出身の戸村健次投手も目をかけられていた選手の一人。「(昨年11月の野球殿堂入りを祝う)パーティーでは元気だった。本当にびっくりした」と表情を曇らせた。平石洋介1軍ヘッドコーチ兼打撃コーチは「まだ詳しいことが分からない。突然のことで何を言ったらいいか分からない」と当惑した様子で語った。
 13年の東北楽天の日本一は、東日本大震災後の東北を勇気づけた。仙台市泉区の飲食店経営上田伸介さん(40)は「普段は巨人ファンだが、日本シリーズでは被災地のために戦う東北楽天を応援した」と振り返る。「今の時代にはなかなかいない厳しい監督。名将だった」とたたえた。
 小学生の孫娘が東北楽天の子どもファンクラブに入っているという宮城県色麻町の主婦関東ヤエさん(68)は「病気だったとは知らず、とにかく驚いた。はきはきしていて、すごく力強い監督という印象。東北を明るくしてくれた」と残念がった。
 仙台市の実家に帰省していた堺市の会社員野崎学さん(29)は「まだ若いのでとても残念。大阪でも阪神の監督姿を見ていた。燃える男、熱意のある人というイメージが強い。長い間お疲れさまでしたと言いたい」としのんだ。


2018年01月06日土曜日


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