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<みやぎの平成30年>(9)東北楽天誕生 待望の地元球団に歓喜

ロッテ戦で台風一過の青空に風船を上げる東北楽天ファン=2017年9月18日、Koboパーク宮城(当時)
西武との本拠地開幕戦で勝利し、ファンの声援に手を挙げて応える礒部公一外野手(手前左)と岩隈久志投手(同右)=05年4月1日、フルキャストスタジアム宮城(当時)

 新年は「平成30年」の節目の年。バブル経済真っ盛りに始まった「平成」は来春、天皇陛下の退位によって幕が引かれようとしている。「平成」はわれわれにとってどんな時代だったのか? 宮城県内であったこの29年の出来事を振り返りながら、今を見つめて、次代へとつなごう。

◎〜結ぶ、つながる〜 ◆平成17年

 プロ野球は2004(平成16)年夏、近鉄とオリックスの球団合併構想に端を発してパ・リーグ消滅の危機に直面、東北楽天の誕生に至る球界再編騒動の渦中にあった。
 「50歳で球界卒業。第二の人生は宮城で居酒屋のおやじになると決意したのに…」と野球解説者の佐々木信行さん(64)は振り返る。登米市の佐沼高からロッテ入りし、選手、2軍監督など32年間のプロ生活を終え、仙台市内に居酒屋を開いたばかりの04年9月。球界の救世主とされたライブドアの堀江貴文社長が客として来た。
 宮城で球団を持つ構想をいち早く表明し、ライバルの楽天・三木谷浩史社長と競うように、頻繁に宮城へ通っていた。そのIT社長を目の前に佐々木さんは「若者がプロ球団のオーナーになる時代が来たか」と衝撃を受けた。「でも、本当にそうなるのか」と半信半疑だった。
 9月の選手会ストライキを経て流れは新球団誕生に傾く。11月2日のオーナー会議で東北楽天の新規参入が決定。同年に日本ハムが北海道に移転したのに続き、地域とともにプロ野球が歩む新時代を印象づけた。
 1973〜77年にロッテが拠点とした県営宮城球場は老朽化していた。だが、冬場の4カ月、急ピッチの工事でフルキャストスタジアム宮城へ生まれ変わる。
 2005(平成17)年4月1日、西武との歴史的な本拠地開幕戦。県出身プロ経験者として佐々木さんは解説者デビューした。「アナウンサーも解説者も手探りだった。野ざらしの放送席で、膝に毛布を掛けて寒さをしのいだ」
 時は流れて13年11月3日。創設9季目で東北楽天は初の日本一に輝いた。歓喜に沸いた本拠地の応援席で、ロッテ時代も通い詰めた仙台市青葉区の飲食店「おでん三吉」経営田村忠嗣さん(74)が感慨に浸っていた。「ロッテが去った後、仙台の人たちはプロ野球に飢えていた。そこに楽天が来て、年を追うごとに勝った喜びをみんなで分かち合えるようになった。本当に幸せなことだ」
 東北楽天は17年も優勝争いを演じた。18年に5季ぶりの王座奪回を期す。「おらがチーム」と愛する東北のファンとともに。(スポーツ部・金野正之)

[メ モ]東北楽天ゴールデンイーグルスは2004年、ライブドアとの競合を経て、球界50年ぶりとなる新規参入球団として誕生した。田尾安志監督の下で戦った05年は3月26日の開幕戦を勝利で飾り、4月1日の本拠地開幕戦でも白星を挙げたが、その後は2度の11連敗があって低迷。38勝97敗1分けで、首位のソフトバンクに51.5ゲーム差の最下位に沈んだ。故星野仙一氏が監督を務めていた9季目の13年に初のリーグ優勝と日本一を成し遂げた。


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2018年01月11日木曜日


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