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<みやぎの平成30年>(11)公立高共学化 肩並べ 新たな校風紡ぐ

共学化から丸10年が経過した仙台二高。男女が同じ教室で学び、新しい歴史を刻む
一律共学化の反対を訴え、仙台市中心部でデモ行進する仙台一高の生徒たち=2008年12月

 新年は「平成30年」の節目の年。バブル経済真っ盛りに始まった「平成」は来春、天皇陛下の退位によって幕が引かれようとしている。「平成」はわれわれにとってどんな時代だったのか? 宮城県内であったこの29年の出来事を振り返りながら、今を見つめて、次代へとつなごう。

◎〜結ぶ、つながる〜 ◆平成17〜22年度

 「女子生徒たちがにぎやかに店を訪れ、クラス行事のためにケーキを注文していく。男子校時代には考えられなかったね」
 仙台一高(仙台市若林区)に近い大黒屋製菓の3代目店主黒田昌稔さん(64)は、男女共学化による風景の変化を実感する。
 看板商品のがんづきを学校行事で提供するなど関わりは長く、ずっと同校の生徒たちを眺めてきた。「大勢の男子が自転車をびゅんびゅん飛ばす姿も以前ほど見なくなった」と話し、移ろいをかみしめる。
 県教委は2005(平成17)年度、県内にあった別学校の一律共学化に着手。移行は10年度に完了したが、道のりは険しかった。
 仙台一高、仙台二高(青葉区)、宮城三女高(太白区、現仙台三桜高)の卒業生らでつくる市民グループは04年、計画の見直しなどを求める請願を県議会に提出。本会議では「一部採択」の措置が取られ、06年度に予定された仙台二高の移行は1年凍結された。
 共学化の完了が目前となった09年にも議論が再燃。10年度に残る7校を移行する方針が定例教育委員会でいったん否決されたが、わずか3週間後の臨時会で一転、可決された。混乱に「けじめをつける」として、当時の小林伸一県教育長が2カ月分の給料を返上する事態となった。
 最後まで反対の立場を示した仙台一高同窓会の浅見紀夫会長は「個性を尊重する伝統的な校風が薄れることへの懸念が強かった」と当時の思いを振り返る。「県全体の教育を見渡して本当に弊害がないのか不安もある」と話し、県教委に検証を求める。
 07年度の共学化から丸10年が経過した仙台二高は現在、女子生徒が全体の約40%を占めるようになった。2年の大木文さん(17)は「別学時代のことが話題になることはほとんどない」と言う。
 男女が机を並べて学ぶ光景は当たり前となった。長島勝彦校長は「互いの良さを認め合いながら、切磋琢磨(せっさたくま)を重ねている」と話し、新しい校風を紡ぐ生徒たちの姿に目を細めた。(報道部・鈴木悠太)

[メモ]県教委は2001年、「男女が共に学ぶ方が自然」「県立高が性別で入学を制限するべきではない」などの理由から、全ての県立高を共学化する方針を決定。05年から単独や統合、中高一貫校への再編で順次、共学化を推進。移行期間には反対する別学校の同窓会や在校生により、計画凍結を求める街頭デモや請願が相次いだ。10年度に仙台一、宮城二女(現仙台二華)、宮城三女、塩釜と塩釜女(塩釜と統合)、白石と白石女(白石と統合)の計7校が移行を終え、県内に21あった別学校は全て共学校となった。


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2018年01月14日日曜日


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