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<原発再稼動意見書>事故風化ここまで…「帰る場所が影も形も無くなっていく」避難者の落胆深く

原発再稼働を求める意見書に反対してデモ行進する埼玉県民ら=10日、さいたま市

 東京電力福島第1原発事故の避難者を積極的に受け入れてきた埼玉県の県議会が突然、原発の再稼働を求める意見書を議決した。事故から間もなく7年。ついにここまで来た事故の風化現象に、福島、埼玉両県民の落胆は計り知れない。
 「再び事故の危険を立地自治体に押し付けるつもりか」「これは埼玉県民の総意ではない」「原発避難者に合わせる顔がない」。県議会棟周辺で10日にあったデモ行進では、参加者から口々に怒りの声が上がった。
 埼玉県は2011年3月19日、さいたまスーパーアリーナ(さいたま市)を開放し、福島県双葉町の全町避難を官民一体で支援してきた。
 双葉町の行政機能と住民はその後、埼玉県加須市の旧県立騎西(きさい)高の校舎に集団移転。1000人以上の避難者が県や市、地域住民に支えられながら帰還できる日を待ち続けた。
 騎西高の避難所は13年12月に閉鎖されたが、市内では今も双葉町民約430人が暮らす。夫と避難する主婦前田孝子さん(66)は原発再稼働を求める意見書に「福島の事故が検証される前に可決するというのはどういうことか」と唇をかむ。
 加須市のアパートで1人暮らしの無職林日出子さん(86)は、除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の整備に伴い、近く双葉町の自宅や墓地を手放す。「帰る場所が影も形も無くなっていく。死に場所を探すこれからの生活の方が苦しい」
 こうした人々を民間レベルで支えているのがNPO法人「加須ふれあいセンター」だ。
 代表理事の富沢トシ子さん(72)は「事故から7年がたっても避難者の苦しい立場は変わらない」と訴える。一方で「原発のない埼玉県ではあの事故が確実に風化している」と複雑な表情を浮かべた。
 埼玉県によると、原発事故で福島県から受け入れた避難者数は14年8月の5077人がピーク。現在も3369人が埼玉県内に身を寄せている。


2018年01月18日木曜日


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