宮城のニュース

<脱埋没への模索 どうする登米・栗原>第2部 市民生活(2)産科医療(中)/綱渡りの診療に苦悩

妊婦を健診する佐々木さん。栗原市のお産の多くを一手に支えている

 宮城県北部に隣接して位置する登米・栗原両市はいずれも広大な市域に集落が点在する過疎地で、都市機能の集積が乏しく市民生活は利便性に欠ける。産科を中心に医療体制は脆弱(ぜいじゃく)だ。手薄な公共交通機関は市民ニーズを満たせず、通院や買い物にはマイカーが欠かせない。第2部では産科医療と市民バスの現状を取材した。(登米支局・本多秀行、若柳支局・横山寛、栗原支局・土屋聡史)

 地域のお産を守り抜く。その決意を胸に、ここまで踏ん張ってきた。だが還暦を過ぎ、タイムリミットが頭をかすめつつある。
 宮城県栗原市築館のささき産婦人科クリニック。市内唯一の産科診療所だ。市栗原中央病院が分娩(ぶんべん)をやめた2004年以降、院長の佐々木裕之さん(61)が市内のお産の多くを一手に担う。
 深夜の対応もざらだ。今月初旬には、お産が夜中から朝方に4件集中した日もあった。「若い頃は平気でしたが、今は気合でカバーです」。気丈に笑って話す目の下に、くまが目立つ。
 登米市も状況は同じだ。市佐沼病院(現登米市民病院)が2007年に分娩を休止して以降、市内の産科は1施設。県北の医療関係者は「構造的な問題。綱渡りは続く」と口をそろえる。

<役割を明確化>
 国は04年、若手医師が研修先を自由に選べる新臨床研修制度を導入。結果、症例の多い都市部に研修医が集中し、人材の偏在が広がった。06年には帝王切開手術中に死亡した妊婦の担当医が逮捕された福島県大野病院事件(無罪確定)が起き、産科医離れに拍車をかけた。
 さらに東日本大震災で石巻市など沿岸にある県内3カ所の産科が休止。人材供給基地の東北大が窮迫する被災地の人材確保に追われる中、「内陸部の2市に医師が増えるはずもなかった」(医療関係者)。
 この間、安定した分娩環境に向け導入されたのが「産科セミオープンシステム」。医師を集めた拠点病院で出産を、その他の医療施設で健診を行う。役割分担を明確化し、受け入れ態勢を強固にする仕組みだ。
 だが当の妊婦は不満顔だ。登米市民病院と栗原中央病院での健診は、事前予約制の週1〜2回。栗原市の女性会社員(27)は「使い勝手がいいとは言えない。常時受け付けする『駆け込み寺』の佐々木さんについ頼ってしまう」と話す。

<利用者は低調>
 さらに県北の2市は岩手県南との結び付きが強く、同県での出産を望む妊婦も少なくない。現行のシステムでは受け入れ先が石巻赤十字病院と大崎市民病院に限られ、県境を越えた連携体制は構築されていない。
 システム利用者は、栗原中央病院が年0〜3人、登米市民病院が20〜52人で推移するなど低調だ。一関市で出産した栗原市の保育士(27)は「妊婦にとって大事なのは、県境ではなくて生活圏での距離」と強調する。
 とはいえ、医師の絶対数が限られる現状にあって分娩施設の拠点化は避けられない流れだ。県医療政策課の担当者は「システムを伸ばしていくためにも、改善の余地があるとすれば考えねばならない」と話す。
 佐々木さんは言う。「もう私もロスタイムに入っている。でも日々頑張っている妊婦さんたちを見ると、将来のこの地域を考えると…。どうしたらいいものか」。表情から、いつもの笑顔が消えた。


関連ページ: 宮城 社会

2018年01月19日金曜日


先頭に戻る