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<あなたに伝えたい>願っていた甲子園に出たよ

兄の晃平さんが買ってくれたスーツを着て成人式に臨む京平さん=7日、大船渡市
千田博美さん

◎千田京平さん(川崎市)から博美さんへ

 京平さん 成人式出席に合わせ「やっと20歳になったよ」と墓前に報告しました。母が好きだったお酒を一緒に飲みたかった。
 私が生まれてすぐに父が亡くなり、強くて優しかった母は兄弟2人を1人で育ててくれました。どこに行くにも一緒。小学3年生で始めた野球の試合をいつも見に来てくれました。勝った日は、晩ご飯に好物の唐揚げなどが食べ切れないほど並びました。
 水産加工会社で働く母をマッサージするのが日課でした。念願の家を建てて喜んでいたのに…。
 葬儀を終えても母が亡くなったことが信じられませんでした。「泣いている暇はないぞ」と兄に励まされ、野球に全てをぶつけました。
 テレビの野球中継を見て母が言った「甲子園に行きたい」という願いを実現しようと、花巻東高(花巻市)に進学しました。
 寮の部屋に母の写真を飾って練習に励み、3年生の夏には母の写真を携え、選手として甲子園出場を果たしました。ピンチの時は「力を貸して」とお願いしました。
 小学6年生の誕生日に母がプレゼントしてくれた布の筆箱を今も使っています。「節約しているから」と言われて諦めていたので、うれしかったですね。
 ここまで育ててくれた伯父さんたちには感謝しかありません。野球用具を支援してくれたスポーツメーカーなど多くの方々に恩返しをしたいです。お母さん、これからも見守っていて。

◎兄弟を1人で育ててくれた優しい母

 千田博美さん=当時(46)= 陸前高田市で長男晃平さん(24)、中学1年生だった次男京平さん(20)と暮らしていた。東日本大震災が発生し職場から避難した後、自宅に向かって津波にのまれたとみられる。京平さんは震災後、大船渡市の伯父大畑養一さん(56)方に身を寄せた。


2018年01月21日日曜日


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