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<私を返して>旧優生保護法国賠訴訟(下)消えぬ差別/子ども 欲しかった

避妊手術を強制された男性。当時の手帳(手前)には手術日が記されている

 旧優生保護法下で強制不妊手術を受けた宮城県の60代女性が30日、国に補償を求める全国初の訴訟を起こす。本人の同意のない手術により全国で約1万6500人、宮城県で約1400人が子を持つ人生を一方的に奪われた。母体保護法への改定後、障害を理由に手術を強いられた人もいる。偏見への恐怖で、これまで声を上げられなかった東北の被害者の実態から、今なお残る優生思想の陰を探る。(報道部・畠山嵩)

◎健常者との間 まだ高い壁

 使い古された2003年版の茶色の手帳。11月のページを開くと、26日の欄に鉛筆で書いた「手術」の二文字がある。避妊のためのパイプカット手術を受けた日だ。
 「子どもが欲しかった。だから結婚もした。手術は自分に対する殺人行為だ。忘れられるはずがない」
 岩手県に住む高橋功さん=60代、仮名=は、兄夫婦から精神障害を理由に手術を迫られた。優生保護法が母体保護法に改定され7年がたっていた。「障害者には子どもを育てられないという考えが絶対にあったはずだ」と推し量る。

 高校3年の時、統合失調症を発症。いじめなどが原因で幻覚を見始め、入院を余儀なくされた。高校卒業後は県内の大学に進んだが、なじめなかった。病状が不安定になり、半年もたたず退学した。
 母親が営む酒店の手伝い、機械を使ったプレス作業、役所の臨時職員、季節工…。生活のため、入退院を繰り返しながらできる限りの仕事に就いた。
 40代の時、当時勤めていた製作所で出会った女性と結婚を考えた。女性は統合失調症を患い、似た境遇。女性の両親も了承し、1995年に同居を始め、97年に披露宴を挙げた。
 「子どもはつくるな」「籍は入れるな」。幸せな家庭を築こうとした矢先、兄夫婦は容赦ない言葉を浴びせた。仕方なく内縁関係を続ける中、女性は妊娠。1週間で流産した。兄夫婦の強い勧めで、女性は卵管を結ぶ不妊手術を受けた。ショックで病状が悪化し、再び入退院を繰り返すようになった。
 「パイプカットしないと一生入院させる」。披露宴から6年後、入院先で兄夫婦が主治医に告げた。同席したケースワーカーの女性も「とにかくパイプカットしなさい」と迫った。盛岡市の病院に移り、病室を訪れた兄夫婦と母親に無理やり同意書に印鑑を押させられた。
 2003年11月26日。車いすに乗せられて手術室に入り、局所麻酔をかけられた。暴れると、もっとひどい仕打ちを受けると思い、抵抗しなかった。「障害者は結婚も子どもをつくることも許されないのか」。絶望した。

 男性は今、生活保護を受けながら1人で暮らす。宮城県の佐藤由美さん=60代、仮名=が国に補償を求めて提訴することは知っている。被害者は声を上げるべきだし、国と闘うべきだと思う一方で、自分は優生保護法に基づいて手術されたわけではない。常に「救われない」との思いに駆られる。
 「法律が変わったのに、手術を強いられたのが悔しい。健常者と障害者の間には、まだ高い壁がある」


[母体保護法]旧優生保護法が目的として定めていた「不良な子孫の出生防止」が障害者差別に当たるとの強い批判を受け、同法を改定する形で1996年に制定された。「目的」の条文から優生思想に基づく部分を削除したほか、知的障害や遺伝性疾患を理由に認めていた本人の同意に基づかない不妊手術など、優生思想に関連する規定も全て除かれた。


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2018年01月23日火曜日


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