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<強制不妊手術>原告女性側訴え「差別 今もなお」「障害者生きやすい社会に」

記者会見に臨む原告の義姉(左)=30日午前、仙台市青葉区の仙台弁護士会館

 「障害者差別が今もあると感じる」。旧優生保護法による強制不妊手術を巡る初の国家賠償訴訟が仙台地裁に提起された30日、宮城県の原告女性の義姉は記者会見でこう訴えた。社会に根深く残る、優生思想の暗い陰。「訴訟を通じて障害者の生きやすさにつなげる」と誓った。

 重度知的障害があり、1972年に不妊手術を受けた義妹と約40年間暮らしてきた。共に60代。手術の事実を「ひた隠しにして生きてきた」のは、周囲からの偏見が怖かったためだ。
 子を持つ人生を義妹から一方的に奪いながら、過ちを認めもしない国に不信感を募らせてきた。23日に厚生労働省を訪ね、実態調査などを求めたが、職員は「当時は適法だった」の一点張り。「謝罪と補償を求めることで国が変わってくれれば」。訴訟は、やむにやまれぬ選択だった。
 提訴に当たり、自作のピンクの手飾りを弁護団や支援者と共に着けた。「手飾りも、ずれている所があれば作り直す。旧優生保護法も問題があるから改定したはずだ。それを認識して、国は被害者の実態調査をしてほしい」
 裁判所に向かうため自宅を出る時、義妹に「お姉さん、頑張ってきてね。私はちゃんとしているから」と声を掛けられた。義妹が外を歩くと、地域の人から「どういう生活をしているのか」などと尋ねられる。障害者に向けられる目は、昔も今も変わりないと感じる。
 2016年には相模原市の知的障害者施設で、障害者差別を動機とする殺傷事件が起きた。「あんな事件を二度と起こしてはならない。訴訟が健常者も障害者も人権の意味を考える機会になってほしい」


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2018年01月31日水曜日


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