広域のニュース

北東北の古代史を日本遺産に 朝廷による蝦夷統治「城柵」など29件、文化庁へ登録申請

坂上田村麻呂が築いた「志波城跡」を復元した城柵

 盛岡、奥州、秋田、大仙の4市と岩手県矢巾町は、朝廷が築いた軍事的防御施設「城柵」や蝦夷(えみし)の古墳群の「日本遺産」登録を文化庁に申請した。登録の可否は4月下旬に発表される見通し。認定された場合、5市町は補助金で協議会を設立し、城柵を巡るツアーなどを企画するという。

 遺跡、出土品など計29件を一括して「北の国境をゆく〜北東北の城柵と蝦夷がおりなす国家の最前線〜」と題し、坂上田村麻呂らによる「蝦夷統治」の舞台裏を紹介する史料と位置付けた。
 城柵は志波城跡(盛岡市)、胆沢城跡(奥州市)、秋田城跡(秋田市)、払田柵跡(大仙市)、徳丹城跡(矢巾町)の5件。いずれも8〜9世紀に築かれた国指定史跡で、行政機能を備えて蝦夷統治の拠点になったとされる。
 蝦夷を率いる阿弖流為(あてるい)が朝廷に大勝した「巣伏(すぶし)の戦い」の戦場(奥州市)や、坂上田村麻呂が胆沢城近くの神社に奉納した宝剣も構成資産とした。
 盛岡市は「統治関係という史実から一歩踏み込み、必ずしも一枚岩ではなかった蝦夷の実態や、蝦夷に配慮して統治を進めた坂上田村麻呂の実像を描き出したい」と説明する。
 構成資産の一つで、蝦夷が築いた藤沢狄森(ふじさわえぞもり)古墳群(矢巾町)からは、朝廷の役人が身に着けていた帯飾りや貨幣が出土。朝廷と友好関係を築こうとした蝦夷の存在をうかがわせる。
 また、坂上田村麻呂が阿弖流為の助命を請うなど地元勢力を生かして統治を図ろうとした痕跡もあり、盛岡市は「貴族のイメージが強い平安時代に、東北で繰り広げられた人間ドラマを現地に来て感じてほしい」と話す。
 日本遺産への登録は、資産の歴史的意義を物語性豊にPRできるかどうかがポイント。観光振興に生かそうと文化庁が2015年度に創設し、17年4月までに54件が登録された。東北では6件が登録されている。


関連ページ: 広域 社会

2018年02月03日土曜日


先頭に戻る