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<あなたに伝えたい>古里戻るか悩み中 見守って

父が愛用した小机で両親をしのぶ洋子さん=会津若松市

◎井戸川洋子さん(会津若松市)からセイさんへ

 洋子さん 大野病院で外部から栄養を送る食道ろうを付ける手術を受け、本当なら11年3月18日に退院予定でしたね。原発事故で他の患者と福島県川内村の診療所に避難し、郡山市の病院に移ったと後から聞きました。
 再会できたのは震災発生の約10日後。「会えてよかった」と話す明るい表情を覚えています。2日後に容体が急変。亡くなった4月10日は結婚記念日。震災前に逝った父が「もう苦しまなくていいから」と迎えに来たのだと思っています。
 若い頃から体が弱く、入退院を繰り返していましたね。共に遠出した記憶はあまりないけれど、一緒に暮らしたのは50年以上。頭の回転が速く、大相撲や国会中継が好きでしたね。
 海軍に入った父は25歳の時に結核で失明し、町内の鍼灸(しんきゅう)院で働いていました。食事など身の回りのことは一人でできる父でしたが「俺のところに来てくれて感謝している」と母にいつも言っていました。
 私は町が仮役場を置く会津若松市の仮設住宅に入り、16年4月に市内の一戸建ての公営住宅に移りました。生まれた場所で放射線量の低い大川原地区にいずれ住もうかとも考えますが、昔ののどかな風景はもうないし、悩んでいます。
 昨年夏、交流した女子中学生に霊感があり、私のそばに両親と、仮設で一時期飼っていた三毛猫がいると教えてくれました。1人暮らしの私を心配しているのですね。これからも近くで見守っていてください。

◎頭の回転が速く、大相撲が好きだった母

 井戸川セイさん=当時(86)= 福島県大熊町で次女の洋子さん(62)と暮らし、東日本大震災当時は町内の県立大野病院に入院していた。東京電力福島第1原発事故で病院ごと避難を強いられ、2011年4月に肺炎などで死亡。災害関連死に認定された。


2018年02月04日日曜日


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