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<復幸の設計図>女川・公民連携の軌跡 第4部・突破(4)中期滞在者引き込み模索

高台から望む女川町中心部。黒い屋根が連なる商業エリアの背後で町役場の本設庁舎の整備が進む

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県女川町の中心部に2015年12月、テナント型商業施設「シーパルピア女川」が開業した。新たな町の拠点は、民間と行政が手を携えながら、既存の制度の課題を克服してつくり上げた。震災から間もなく7年。先駆的な市街地再生の歩みをたどり、これからの課題を探る。(石巻総局・関根梢)

 東日本大震災の津波で壊滅状態となった女川町中心部は、2015年12月に開業したテナント型商店街「シーパルピア女川」などを中心に新たなにぎわいを見せている。
 町を訪れる観光客は15年は約38万1000人。16年は約41万7000人。震災前の約70万人には届かないが、昨年のゴールデンウイークには9日間で推計7万7000人が訪れた。
 しかし関係者らはこの活況を手放しには喜ばない。「この人出がいつまでも続くわけではない」との危機感が根底にあるからだ。

 まちづくりの重要なプレーヤーである事業者らは、これから本格的な「自立」に挑まなければならない。テナントの費用は現在、正規価格の5割。低減分は町が補っている。事業主の負担は4年目に6割、5年目に7割と段階的に引き上げられ、6年目から全額負担となる。
 エリアマネジメントを手掛けるまちづくり会社「女川みらい創造」もまた、14年度から5年間、町中心部のにぎわいを創出する事業として、町から年間1000万円程度の委託料を受け取る。シーパルピア女川が立地する町有地は20年6月から、商業施設「ハマテラス」は21年6月から借地代がかかる。
 全国では厳しい台所事情に頭を抱えるまちづくり会社は少なくない。民間主導のまちの経営を軌道に乗せるには、収入の柱となるテナント賃料を確保し、さらにエリアの不動産価値を高めて収益を上げることが求められる。
 「復興特需」が去ってもなお、まちににぎわいを生み続ける−。課せられた難題の突破口として、みらい創造の近江弘一(59)が思い描くのは「多くの人にエリアを使ってもらうためのマーケティング」だ。特に、数週間から数年単位で町に滞在する「中期滞在者」を増やし、町に携わる関係人口の増加につなげたいと意気込む。「例えば若者が心置きなく夢を追える環境を町を挙げて用意するなど、中期の滞在者を引き込むフックを作る必要がある」と近江は力を込める。

 震災から間もなく7年。3月には災害公営住宅の引き渡しが完了し、9月には町役場の本設庁舎が完成する予定だ。更地だった中心部に徐々に造られてきた「点」がいよいよ「面」となって動きだす。
 ハード整備がようやく大きなヤマ場を超えようとしている中、ソフト面の取り組みは一層重要性を増す。町商工会の青山貴博(45)は「ハード面のまちづくりは確かに難産だったが、まちを育てるのはもっと苦しいだろう」と気を引き締める。
 1000年に1度とされる大津波で甚大な被害を受けながら、力強く立ち上がった女川町。行政や民間が手を携えた「四輪駆動のまちづくり」の真価が問われるのは、これからだ。
 全ての町民がそれぞれの幸せを取り戻す「復幸」を目指し、女川は歩み続ける。(敬称略)


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2018年02月15日木曜日


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