宮城のニュース

「樺太」いまに語り継ぐ「引き揚げ船が攻撃され、多くの死体が浮いていた」

記録集「私の樺太」を眺める水戸会長(中央)ら樺友会の会員

 旧日本領樺太(サハリン)からの宮城県内引き揚げ者らでつくる全国樺太連盟県支部「樺友(かばゆう)会」が、記録集「父母に捧ぐ 私の樺太」を発行した。会員ら42人が太平洋戦争の敗戦で追われた古里の思い出や引き揚げ時の苦難をつづった。
 A5判96ページ。200部製作した。「引き揚げ船が攻撃され、多くの死体が浮いていた」「ソ連兵に銃を突き付けられ、連行された」「仮収容所の1坪のスペースで家族交代で寝た」など生々しい証言が集まった。
 樺太での生活については「ニシン漁のにぎわいはたいへんなもの」「アザラシを捕まえ、毛皮と油を得た」と振り返っている。
 会員6人の座談会も収録し、鬼籍に入った先輩会員たちの思い出を語った。
 樺友会は1953年に発足。会員はピーク時に200人を超えたが、高齢化が進み、現在は70〜90代の約60人となった。
 記録集は貴重な証言を残す最後の機会と位置付け、1年がかりでまとめた。仙台市内で11日にあった総会で披露した。
 会長の水戸一志さん(74)=利府町=は「樺太を語り継ぐ人々は年々、いなくなる。予想より多くの原稿が集まり、記憶を残す使命を果たせた」と話す。


関連ページ: 宮城 文化・暮らし

2018年02月16日金曜日


先頭に戻る