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<被災水門>突然の保存方針 気仙沼市の姿勢波紋「オープンな場で論議を」

気仙沼市が保存を決めた旧水門

 東日本大震災で被災し、宮城県が取り壊す予定だった気仙沼市階上地区の旧水門を巡り、地元の要望を受けて突然、保存の方針を決めた市の姿勢が波紋を広げている。市議会からは「オープンな場で議論して決めるべきだ」などと批判が噴出。同様に別の遺構の保存を目指す団体は、続けとばかり市に支援を求める動きを模索する。
 「急な話。驚いた」
 「津波の脅威を伝える小さな遺構はたくさんある」
 「『見たくない』との声もある。ちゃんと手順を踏んで決めるべきだ」
 9日にあった気仙沼市議会震災調査特別委員会。旧水門の保存を巡り、議員から疑問や批判が続出した。
 菅原茂市長は「震災遺構の気仙沼向洋高旧校舎以外は積極的に残すつもりはない。費用はかからない。簡単な安全対策しか考えていない」と強調したが、議論はかみ合わなかった。
 遺構の保存初期費用に国の復興交付金が活用できる1カ所を選ぶため、市は2013年11月に「東日本大震災伝承検討会議」を設置。学識経験者らの委員が8カ所の候補を選び、市が最終的に向洋高旧校舎を選んだ。今回の保存対象となった旧水門は、候補の8カ所にも入っていない。
 市によると、向洋高旧校舎のある階上地区の「階上地区まちづくり協議会」が昨年10月、地区としての震災伝承機能を強化するため旧水門を残すよう要望。今年1月、県が撤去の手続きを取る段階となり、協議会は再び市に保存を求めた。
 菅原市長は熱心な街づくり活動も保存の要因の一つに挙げるが、急な動きだけに「4月の市長選に向け、地域の応援を取り付けたかったのでは」(ある市議)と勘繰る向きもある。
 一方、市が保存に関与する動きは、同様に震災関連施設の保存を目指す団体にも影響を与えそうだ。
 震災で孤立した気仙沼市の離島・大島の住民の足として活躍し、19年3月で運航を中止する臨時旅客船「ひまわり」を巡り、島民らは昨年12月に保存する会を立ち上げた。
 保存費用の約3000万円は企業の協賛金などを想定したが、今回の旧水門の保存を受け、保存する会は市に対して支援を求める要望書の提出を検討する。
 船長の菅原進さん(75)は「ひまわりは新年度の小学校の道徳の教科書にも取り上げられる。遺構としての価値は高いはずだ」と強調する。

[階上地区の旧水門]宮城県が管理し、正式名は「杉ノ下防潮水門」。気仙沼市波路上杉ノ下の野田川河口にあり、高さ7.3メートル、幅7.3メートル。2009年2月に建てられた。津波でステンレス製の扉が壊れ、門のコンクリート部分も一部が壊れた。国が旧水門の内陸側に整備する防潮堤工事に合わせ、県は新たな水門を作る計画で、旧水門を撤去する予定だった。市は将来的に柵などで囲う。


2018年02月19日月曜日


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