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<飯舘村自殺訴訟>原告大久保さん 判決を前向く区切りに

避難先で文雄さんの写真を手に判決を待つ美江子さん=15日、南相馬市

 「原発事故のせいで大事な家族を亡くした」。東京電力福島第1原発事故後に自殺した大久保文雄さん=当時(102)=の遺族で、東電に損害賠償を求めている原告の一人、大久保美江子さん(65)は「こんなにつらい思いをする人が二度と現れてほしくない」と強く願い、20日の判決を待つ。
 美江子さんは義父の文雄さん、夫の一男さん、息子(35)の4人で暮らしてきた。嫁いでから約40年。近所から「ここは婿を取ったのか」といわれるほど、仲の良さが自慢だった。
 文雄さんは1908年12月生まれ。農家の長男として小学校卒業から80歳近くまで、田畑で働いた。
 「温厚で心が広い。普段は無口だけど、お酒が入ると冗舌になる人だった」と美江子さん。美江子さんの息子が誕生すると禁煙を始めた。「(孫の)この子が学校さ上がるまで生きるって目標立てたんだ」とうれしそうに話したという。
 原発事故は全てを変えた。強制避難のニュースに文雄さんが「ちょっと長生きしすぎたかな」と漏らすのを聞いた。翌朝、「よそ行きの服」を着た文雄さんが、自室で亡くなっているのを見つけた。2カ月後、膵臓(すいぞう)がんを患っていた一男さんも66歳で亡くなった。
 提訴は2015年7月。「じいさんの死で金をふんだくるのか」。心ない言葉を浴びせられたこともある。
 それでも義父の苦しみを知ってほしかった。「ここから一歩も出ず、家を守り続けてきた人間に『村を出ろ』と言うのは『死ね』と言うのと同じ」
 美江子さんは現在、南相馬市の避難先に1人で暮らす。飯舘村の自宅はリフォームを進め、来年春に戻るつもりだ。
 息子は結婚し、孫も増えた。息子たちは「いつか村に」と言ってくれている。文雄さんがそうだったように、自宅でにぎやかに暮らすのが夢だ。「人が集まるのが大好きだったじいちゃんへの供養にもなる」
 原発事故から間もなく7年。東電は裁判で原発事故と自殺の因果関係を否定。謝罪の言葉はまだない。「線香の一本くらい立ててほしい」と思う。
 それでも「東電を恨み続けても義父は戻ってはこない」と思うようになった。「人生は笑って生きるか、泣いて生きるかの2通り。これからも、笑って生きていきたい」
 判決を一つの区切りに、前を向いて生きていくと決めている。(福島総局・高田奈実)


2018年02月19日月曜日


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