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<復興を生きる>古里と共に歩み再び

ルサンクワイナリーでワインを貯蔵する瓶庫に立つ阿部さん=新潟市西蒲区

◎3・11大震災/福島・浪江出身のワイン醸造家 阿部隆史さん(57)=新潟市

 膝元まで沈む雪原で、ブドウの木々が海風に揺れていた。2015年に植えたピノ・ノワール。幹の太さはまだ親指ほど。今秋には、自家栽培したこのブドウで初めてワインを醸造できるはずだ。
 「古里の人たちに飲んでほしい」
 福島県浪江町出身の阿部隆史さん(57)は、新潟市西蒲区の日本海に面した砂丘に「ルサンクワイナリー」を構え、ブドウ栽培、ワインの醸造と販売をほぼ1人で手掛ける。

 11年3月、日本IBM(東京)の部長を辞した。いずれ、東南アジアでソーシャルビジネスに関わるつもりだった。そんな時、東日本大震災が起きた。
 翌月から準備のため、大学院で国際会計を学び始めたが、在学中の2年間、心は揺れ動いた。
 人口約2万の浪江町は東京電力福島第1原発事故で全域が避難対象。実家は荒れたまま、ほぼ手が付けられなかった。同級生も散り散りになった。
 いわき市の高校から東京都の大学に進学してからずっと「もう帰らない」と思っていたが、生まれ育った古里に引き戻されるように決意した。「海外よりも関わるべき場所が、自分にはある」
 元々好きだったワインに着目した。復興の一助になるようなワイナリーを造りたくて、まずはいわき市内でブドウ畑を探し始めた。なかなか見つけられずにいた時、四つの新進ワイナリーが集まる新潟市の砂丘を訪れた。そのうちの一つで修業することを決めたのは13年11月だった。
 最終打ち合わせを新潟で済ませた夜、本宮市のグループホームに入っていた母親が突然、亡くなった。原発事故後、浪江町から県内外を転々とし、やっと腰を落ち着けた避難先だった。
 「心置きなくやればいいよ」。今、母親がそう背中を押してくれていたように感じる。

 開業した15年から3年間、苗木を育てながら、購入したブドウで醸造してきた。頭の片隅には10年以上前に口にしたフランス中部ブルゴーニュ産の白の1本がある。目指すワインは「トラディショナルでエレガント」。そのイメージを形にしようと模索が続く。
 帰還困難区域を除き浪江町の避難指示が解かれて4月で1年になる。1月末の居住人口は490。地元の仲間も少しずつ町で仕事を始めている。
 「震災後につながりようがなくなった町とようやくつながっていける」
 ブドウの木は春、剪定(せんてい)された切り口から樹液の「涙」を流す。成長を始めようとする兆しだ。古里と共に悲しみを乗り越え、再出発する。そんな思いを込めたワインを持って帰りたい。(報道部・菊間深哉)


2018年02月27日火曜日


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