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創業60年、気仙沼唯一の銭湯奮闘 震災直後に再開 赤字続きでも踏ん張る「風呂は大事だから」

創業60年の銭湯を守る小野寺さん。震災直後、多くの被災者らでごった返した

 宮城県気仙沼市に唯一残る銭湯「友の湯」が今年、創業60周年を迎える。東日本大震災の直後に再開し、被災者やボランティアの憩いの場となった。当時を懐かしみ、今も支援者が湯に漬かる。銭湯離れが進む中、2代目の小野寺学さん(61)は「大災害がいつ起きるか分からない。やっぱり風呂は大事だから」と踏ん張る。
 父親で先代の故淳さんが1958年、地元の材木店が敷地内に造った銭湯を買い取った。66年には東北で初めてとなるシャワー付きの風呂場に改修。漁船の廃油を使ってお湯を沸かす風呂は、飲食店の客や従業員らでにぎわった。
 小野寺さんが東京都の不動産会社を辞めて気仙沼市に戻り、銭湯を引き継いだのは2010年。その翌年、震災が起きた。鹿折地区にあった廃油の備蓄倉庫は津波で全壊。廃業も考えた小野寺さんを踏みとどまらせたのは、風呂に入れない被災者の姿だった。
 「早く再開してほしい」との声は日増しに強まった。地元漁協の協力などで重油を確保。水道が回復した翌日の3月24日に風呂を開けると、開店の午後2時前に長蛇の列ができた。
 多い時は1日600人が入浴。世界各国から支援者が集まり、入れ墨がある元暴力団のボランティアもいた。人種や職業も関係なく脱衣所はちょっとした情報交換の場に。約5カ月間、人でごった返した。
 街の復興が進むにつれ、銭湯も平時の状況に戻った。今の利用者は1日平均約20人。ここ数年、友の湯は赤字の状態が続く。
 小野寺さんは「やめられるならやめたい。でも、あの時の光景が忘れられない。もしまた大災害が起きたら、風呂に入りたいという人を入れてあげたい」と話す。
 今も友の湯を訪れる当時のボランティアは多い。感謝の言葉を掛けられることもしばしば。昨年末には気仙沼への支援活動を通じて知り合った大学の関係者が風呂場でミニコンサートを開いた。
 小野寺さんは「わざわざ遠くから来てくれる人がいるし、残してほしいという人もいる。世のため人のためだと思い、続けていく」と誓った。


2018年03月02日金曜日


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