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<あなたと共に>「よそ者」が見た復興(2)横浜市→岩手県大槌町 出会い重ね未来つくる

設計した住宅の地鎮祭に臨む坪谷さん(左)=岩手県大槌町吉里吉里

◎1級建築士 坪谷和彦さん

 いつまで大槌にいるのかと尋ねる大工の目は真剣だった。「俺とずっと仕事をする気はあるのか」。そう問われている気がした。
 岩手県大槌町で2011年11月から働く1級建築士の坪谷和彦さん(44)。自宅と事務所がある横浜市を離れ、東日本大震災の被災地に常駐するきっかけとなった会話の記憶は鮮やかだ。
 13年8月、被災者の住宅建て直しはこれからという時期だった。直球の質問にたじろぎ、悟った。「大工さんはこの先、家の再建を願う何人もの町民と向き合っていく。中途半端な付き合いはできない」と。

<住んで特徴理解>
 以来、年330日を大槌町で過ごす。昼間は打ち合わせに追われ、机に向かえるのは夕方から。横浜のスタッフや他の建築事務所の協力を得ながら、夜遅くまで図面を引く。
 その土地に住むことで気候の特徴や人々の生活様式を理解し、住宅の設計に生かせる。大工とも頻繁に顔を合わせて相談し合い、信頼関係を築いた。
 これまでに手掛けた住宅や店舗は約120棟。驚異的なペースだ。「被災者の家を建てるということは日常を取り戻し、未来を考えられるようにするお手伝い」との信念で走り続ける。
 町での初仕事は水産加工場の設計だった。経験がない上に電気も水道も未復旧。「早く事業を再開しないと顧客が逃げる」との社長の訴えに必死に応えた。
 完成後、水産加工業者たちの飲み会に呼ばれた。杯を酌み交わし、冗談を言い合う。被災者に遠慮して1年以上笑顔を封印していたが「普通に付き合えばいいんだ」。ふっと肩から力が抜けた。

<まちづくり支援>
 同世代の若手事業者たちとも仲良くなり、夏の海開きや砂浜でのイベント開催に携わるようになった。17年4月に仲間とまちづくりを目的とした一般社団法人を設立。キッチンカーを活用したにぎわい創出に取り組む。
 「古里の将来を真剣に考え、一生懸命に行動する人のために協力したい」。当初は一人も知り合いのいなかった町で、多くの出会いを経験した。いい町になってほしいと思う。
 復興は間もなく8年目に入る。受注のピークは過ぎたが、ここで離れられるわけがない。横浜と大槌の両方に仕事の拠点を置くつもりだ。
 「大槌からお酒がなくなるまでいます」。本気の思いを冗談に包んで返した。瞬間、和らいだ大工の表情が今も目に浮かぶ。(釜石支局・東野滋)



 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の被災地では今も、国内外から訪れた多くの支援者が活動する。地域に根付き、息長くサポートするうちに移住を決めた人も少なくない。地道に復興を支えながら、「よそ者」の視点で地域の隠れた魅力や可能性を引き出すこともある。彼らの思いに迫る。


2018年03月02日金曜日


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