岩手のニュース

<あなたに伝えたい>亡き父さんと会ったんだね

かさ上げ工事が進む自宅用地周辺を見詰める健哉さん

◎阿部健哉さん(岩手県山田町)から知子さんへ

 健哉さん 私が4歳の時に父が亡くなり、母は女手一つで私と姉を育ててくれました。利発な母でした。厳しくしつけられたように思いますが、周囲からは甘やかされていたと言われます。愛情たっぷりに育ててくれたのでしょう。
 震災当日、私は釜石市で仕事をしていて、自宅には母と妻、娘の3人がいました。母は「近所の人と一緒に逃げる」と言い、妻が手を引いても頑として動かなかったようです。
 妻たちが逃げたのとは別の高台で母の姿を見た人がいるので、一度は逃げたようです。家には父の位牌(いはい)を取りに戻ったのでしょう。避難訓練通りに逃げてくれていると思っていたのでショックでした。
 震災直後は母がよく夢に出てきました。出てこなくなったのは1年ほどたったころです。私といるより、久しぶりに再会した父といる方が良くなったのだと思います。父は30代の若い姿をしているので、びっくりして慣れるのに時間がかかったでしょうね。
 震災からもうすぐ7年になります。あっという間でした。生きるのに精いっぱいで、ちゃんと悲しんであげることもできませんでした。
 今月中にかさ上げ工事をしていた自宅用地が引き渡されます。来年の正月までには家を再建するつもりです。
 母さん、こっちはちゃんと復興に向かっています。そのうち自分もそっちに行くから、父さんともう少し待っててね。

◎女手一つで育ててくれた 利発な母

 阿部知子さん=当時(86)= 岩手県山田町の自宅で長男の健哉さん(66)夫婦と孫の4人暮らしだった。東日本大震災の翌日、自宅で亡くなっているのが見つかった。いったん高台へ避難した後、自宅に戻ったところで津波にのみ込まれたとみられる。


2018年03月04日日曜日


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