宮城のニュース

<仙台市合併30年>泉・太白の今(上)泉 伸びる副都心/増えた人口 一気に高齢化

合併前の泉市役所(現区役所)。現在商業施設が立ち並ぶ場所に水田が広がっていた=1981年5月、元泉市誌編纂(へんさん)委員の故庄司健治氏撮影
仙台市

 仙台市が1988年に泉市と秋保町を編入合併して1日で30年になった。旧泉市の七北田地区は泉中央副都心に変貌し、住宅団地群は大ベッドタウンとなった。太白区秋保町は観光エリアとしての性格を強める。合併がもたらした両地域の変化と将来に向けた課題を探る。(泉支局・北條哲広、報道部・小沢一成)

<商業地へ変貌>
 108万都市の副都心、泉中央地区。泉区役所は合併前、住民から「田んぼの中の市役所」とやゆされていた。
 泉市だった77年、将監沼を水源とする棚田が広がる七北田地区に、市役所(現区役所)は建てられた。合併30年で、庁舎周辺は商業地へと変わっていった。
 「泉で開発ラッシュが進んだ頃は、(市北部に開発が集中したことに)市南部から『北高南低』とよく文句を言われたものだ」。元仙台市職員で、泉区副区長、太白区長などを歴任した鳴海渉聖和学園短大学長(69)は振り返る。
 89年に現在の七北田公園を会場に「全国都市緑化フェア(グリーンフェアせんだい)」が開催。92年には市地下鉄南北線泉中央駅開業、97年には仙台スタジアム(現ユアテックスタジアム仙台)完成と続いた。
 55年の泉村誕生から町制施行と市制施行、89年に仙台市が政令市に移行して泉区となるまで、わずか34年。仙台市のベッドタウンとして、人口急増を背景に副都心の大規模開発は進んだ。
 人口増も加速。70年代に、30〜40代の働き盛りが大挙して泉に住まいを構えた。89年に約14万7000だった人口は2000年に20万を突破し、11年の東日本大震災などの影響もあって18年2月1日現在、21万4833まで伸びた。

<共助を後押し>
 急成長の後に訪れる成熟社会。泉区では今、高齢化問題が浮かび上がる。
 泉区まちづくり推進課によると、同区の高齢化率は89年は6.05%(市平均8.48%)で、市内5区内で最も低かった。ところが、09年に宮城野区が最も低くなったのを機に、一気に高齢化が進んだ。17年には24.27%(市平均22.77%)となり5区内で最も高い。
 同課担当者は「70年代に開発された郊外団地を中心に少子高齢化が急速に進んだ。特に生活圏の維持や交通手段の確保は大きな課題だ」と説明する。
 区は今後、町内会などの住民自治組織に働き掛け、共助の仕組みづくりをバックアップしていく構えだ。
 泉区市名坂で児童・民生委員を25年務める小林真勝さん(74)は「若者が集った泉区も成熟して独居高齢者が増えた。開発一辺倒の陰で軽視されてきた歴史や文化に焦点を当て、街を再興する取り組みを始めるべきだ」と訴える。


関連ページ: 宮城 社会

2018年03月01日木曜日


先頭に戻る