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<あなたと共に>「よそ者」が見た復興(6)静岡県富士市→名取市 遊び場つくり街元気に

滑り台の上で子どもたちと触れ合う須永さん=名取市

◎プレーワーカーズ代表 須永力さん(54)

 材料は全て廃材だ。子どもたちが群がるのは高さ約2.5メートルの滑り台。垂らした縄を使ってよじ登ったり、2人で抱き合ったまま滑ったり。須永力さん(54)は、2月末の凍えるような寒さも忘れてはしゃぎ回る10人ほどの子どもたちを優しく見守っていた。

<避難所で静かに>
 滑り台を作ったのは、自らが代表を務める名取市の一般社団法人プレーワーカーズ。東日本大震災の被災地で子どもの遊び場づくりを手掛けてきた。滑り台がある同市愛島小近くの遊び場「○○(まるまる)」も自分たちの手作りだ。
 コンセプトは「子どもが自由に創造的に遊び、大人が昔ながらの遊びを伝承する場所」。野原や路地裏、駄菓子屋など、今では少なくなった子どもの居場所を被災地に取り戻そうと、気仙沼市や石巻市などでも奔走している。
 被災地で活動を始めたのは、震災発生から半年後。26歳の時から各地で遊び場づくりに関わった経験を生かし、子どもたちを元気にしたい。軽ワゴン車に手作りおもちゃと製作道具を積んで被災地に赴いた。
 被害が甚大だった地域に出向くと、学校の体育館は避難所となり、多くの被災者が暮らしていた。子どもたちは静かにすることを強いられ、我慢を重ねていた。「発散させる場所が必要だ」。北は岩手県大槌町から南は白河市まで走り回った。
 千葉県柏市出身で、震災前は静岡県富士市の放課後児童クラブに勤務。2003年から3年間、仙台市で遊び場づくりに携わったが、当時はどこかよそ者の感覚が拭えなかった。「東北中に仲間ができた。根を下ろして、一緒にまちづくりをしたい」。15年に名取市に自宅を構えた。

<校区に一つ目標>
 目標は東北の各小学校区に一つ、遊び場をつくること。まちを一からつくり直している今ならできるはずだと思う。神社の片隅でも休耕田でもいい。子どもが「生きているって楽しい」と実感するような場所をつくれば、大人にその楽しさが伝わり、まちが元気になると確信する。
 「気にしないで、どこにでも入って行って、好きなように遊びなさい」
 滑り台のある土地の隣の区画に入っていいのかどうかを尋ねた男の子に、そう語り掛けた。
 隣の区画は、あっという間に子どもたちの遊び場になった。(岩沼支局・桜田賢一)


2018年03月06日火曜日


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