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<止まった刻 検証・大川小事故>教職員 最終判断を誤る

判決が「避難させるべきだった」とした裏山。津波到達地点を示す看板までの距離は150メートル弱で、緩やかな傾斜が続く=石巻市釜谷

 石巻市大川小を巡る訴訟で、仙台地裁は2016年10月、津波襲来直前の学校の判断が誤りだとして、被告の市と宮城県に損害賠償を命じる判決を下した。司法が津波を予見できたと認めた「襲来7分前」に何があったのか。3月11日の事実関係を基に教職員の行動と過失を検討する。

◎「津波襲来7分前」地裁判決から読み解く

 地裁が最も重視したのは、遅くとも午後3時30分ごろまでに市河北総合支所の広報車が大川小前の県道を通過し、津波の襲来と高台避難を呼び掛けた事実だ。
 沿岸の松林を抜ける津波を目撃した支所職員は、学校から直線距離で約150メートル先にある北上川の堤防道路(三角地帯、標高6〜7メートル)に車を止め、その後も拡声器で避難を呼び掛け続けた。

 支所職員だった山田英一さん(63)は「大声を出せ」と同僚に指示。法廷で「広報した内容は学校に伝わっていると思った」と証言した。男性教務主任(56)が保護者に宛てたファクスには「津波が来るという声がどこから(か)聞こえてきました」と記されており、学校の認識を決定づけるとともに原告勝訴の支えとなった。
 地裁判決は刻々と増す「危険の現実味」に着目した。ラジオは石巻市沿岸を含む各地を襲う津波の状況を繰り返し伝え、「学校は過去より格段に大きい規模だと分かっていた」と指摘。広報車が呼び掛けた時点をもって「児童の命に現実の危険が迫っていると認識した」と判断した。
 教職員は児童を約40分間校庭に待機させたが、ハザードマップで津波襲来が想定外だったことなどを理由に、午後3時30分より前の行動は妥当とした。
 学校の時計3台は午後3時36、37、38分でそれぞれ止まっていた。地裁は平均を採り、「37分」に津波が襲来したと認定。教職員と児童は午後3時35分までに三角地帯へ歩いて移動を始め、途中で津波に襲われた。
 判決は「7分間の時間的余裕があった。大規模な津波襲来を認識したにもかかわらず、次の逃げ場がない三角地帯に向かった」として、最終局面の判断を教職員の過失とした。
 大川小には小走りで1分程度の所に裏山があり、児童たちは学習で何度も上っていた。現地視察した裁判官3人は実際に斜面を上り、「避難場所として支障はなかった」と結論づけた。

 被告側は、裏山は震災当日、降雪で滑りやすく、余震で崩壊する恐れもあったと主張した。地裁は「多少の混乱をいとわずに児童らをせかし、小走りで移動させてでも早期避難を最優先にすべきだった」と指摘。児童の命を最優先にする姿勢を強調し、教職員に最善の判断と行動を求めた。
 校庭には区長や民生委員、高齢者も避難し、避難場所を教頭と協議していたとされる。判決は「教員は児童の安全を最優先に考え、自らの判断で避難を決断すべきだった」とした。
 教職員は地震発生直後から「裏山」を選択肢に挙げつつ、避難先に選ぶことはなかった。(1)なぜ行動が遅れたのか(2)最終的に誰がどのように移動先を決めたのか−など、今も未解明の部分は多い。
 仙台高裁は4月26日に控訴審判決を言い渡す。市教委や学校の組織的責任が焦点。審理対象は「備え」に絞られ、地震発生後の事実認定は踏襲される見通し。


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2018年03月06日火曜日


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