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<回顧3.11焦点>保育所、日頃から避難訓練で犠牲抑えるも…保護者に引き渡し後に亡くなるケース相次ぐ

2011年6月に再開された宮城県南三陸町の志津川保育所で、はしゃぐ子どもたち。毎月の避難訓練と職員の迅速な行動が、震災で多くの幼い命を守った
保育所の被災状況

 東日本大震災により岩手、宮城、福島3県で被災した保育所は700を超え、このうち津波などで全半壊した保育所は78に上った。3県によると、建物被害が大きい一方、施設で保育中の乳幼児が亡くなったのは1施設の3人だった。保育所には毎月1回の避難訓練が義務付けられており、事前の備えが人的被害の抑制につながったとみられる。

 3県がまとめた認可・認可外・へき地保育所の被災状況は表の通り。
 保育中に亡くなった園児は、宮城県山元町の保育所で津波に見舞われた3人。他の死亡、行方不明の乳幼児は111人で地震後、保護者が連れ帰った後に津波に遭ったり、休みで自宅にいたりしたケースだった。
 職員の死者・不明者はいずれも勤務外で、岩手2人、宮城4人。
 0〜5歳児を預かる保育所には、厚生労働省の基準に基づいて火事や地震などを想定した避難訓練が少なくとも毎月1回、義務付けられている。
 宮城県によると、今回の地震があった際、多くの保育所では昼寝の最中だった。保育士らは子どもを起こして、おんぶしたり走ったりして集団避難したという。
 気仙沼市の一景島保育所は昼寝中だった子どもたち71人を誘導。月1回の訓練通り、約100メートル離れた気仙沼中央公民館に避難し、園児は全員無事だった。
 石巻市門脇保育所は大津波や土砂崩れを警戒し、指定避難所よりも高台に逃げて子どもたちの命を守った。
 宮城県子育て支援課は「毎月の訓練と冷静な判断が、多くの子どもたちの命を救った」と評価する。
 保育所で毎月、避難訓練が義務付けられているのは、自力避難できない乳幼児を限られた人手で守るため。厚労省が定める保育施設の保育士数は「0歳児3人につき1人」「1、2歳児6人につき1人」「3歳児20人につき1人」などとなっており、避難時の人手は多いとはいえない。
 一方、幼稚園や小中学校の避難訓練は、消防法で年2回以上と定められている。これは大勢の人々が出入りする病院やスーパーと同じ基準で、県教委の防災担当者は「学校での訓練を見直す上で、保育所の取り組みは参考になる」と言う。
 ただ、保護者に園児を引き渡した後に亡くなるケースが相次いだことは、保育関係者に新たな課題を突き付けた。
 宮城県保育協議会の高野幸子副会長(67)=富谷町=は「保育中の多くの子どもが助かったことは称賛に値するが、保護者への引き渡し後の犠牲が多かった。避難時は保護者に引き渡さないといった判断についても今後検討したい」と話す。

[東日本大震災で被災した保育所の再開状況]宮城県内の認可保育所はほとんどが仮設施設なども使って再開した。岩手県でも多くの保育所が再開したが、陸前高田市の2施設と宮古市の1施設が休止している。
 福島県では福島第1原発事故の影響などで、いわき市や双葉郡8町村にある計17の認可保育所が休止中。富岡町の2施設は住民避難先の郡山市、三春町、大玉村の各仮設住宅を使って再開したほか、大熊町は会津若松市の避難先で一時預かりを始めた。認可外保育所の再開状況は3県とも把握していない。=2011年10月4日河北新報
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 東日本大震災の直後から、被災地で暮らす市民の課題を取り上げた河北新報連載「焦点」。震災7年の節目に、発生翌年までの主な記事をまとめました。
=肩書や年齢は掲載当時のものです。=


2018年03月07日水曜日


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