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<回顧3.11焦点>津波で壊滅的被害受け… イチゴ復活へ歩み出す

宮城県亘理町の農業浅川一雄さん(62)は耕作放棄地を活用した農地に、ハウス13棟を建てる予定。ボランティアの協力も得て、定植に向け急ピッチで作業を進める=2011年9月27日、宮城県亘理町逢隈小山
大型ハウスでイチゴの生産を再開した半沢さん(右)。ブランド復活に向けた取り組みが始まった=2011年9月23日、宮城県山元町山寺

 東日本大震災の津波で特産のイチゴが壊滅的被害を受けた宮城県亘理、山元両町で、産地復活に向けて約100戸の農家がイチゴ栽培に取り組んでいる。農地は、被害の少なかった畑や再整備した耕作放棄地などで確保した。最需要期のクリスマスに合わせた年内の収穫開始を目指す。(高田瑞輝、小沢一成)

 海岸から8キロほど離れた亘理町北西部の逢隈小山地区。亘理、山元両町の農家8戸がイチゴ栽培の再開を目指し、たどり着いた耕作放棄地だ。
 国の助成を受け、みやぎ亘理農協(亘理町)が整備。定植に向けてハウスの建設が進んでいる。
 震災前、両町のイチゴ農地は合わせて約96ヘクタール。このうち90ヘクタール以上が津波で被災した。農協は被害のなかった農地を含め約20ヘクタールに160万本の作付けを目指す。7、8割が「とちおとめ」、残りは県産オリジナル品種「もういっこ」になる見込みだ。
 東北一のイチゴ生産量を誇った両町では、農家380戸のうち356戸が津波の被害を受けた。このうち約100戸が2011年、作付けを再開することになった。
 流失した苗の確保ではライバルから協力を仰いだ。同農協は自前調達は困難として、栃木県の生産者から「とちおとめ」の苗51万株を無償で譲り受けた。地元に残った「もういっこ」の苗と合わせ6月から育苗にかかり、定植の準備を進めてきた。
 ただ、例年なら9月中旬ごろの定植は遅れ、一部の大型ハウスを除き、10月にずれ込んでいる。台風などの影響だけでなく「津波被害が少ない農地でも、資材の調達が進まないことなどによる影響が出ている」(同農協中部営農センター)という。
 定植の遅れは、出荷の遅れに直結する。出荷はクリスマスの時期を目指すが、スケジュールは厳しい。それでも同農協の岩佐国男組合長は「クリスマスまでに出荷するという目標は変更しない。栽培候補地をさらに拡大できるよう支援したい」と前を見る。

◎最需要期クリスマス照準に苗定植にこぎ着ける

 「感無量。8、9割はボランティアさんのおかげ」
 宮城県山元町で栽培を再開した19戸のイチゴ農家の一人、半沢徳男さん(62)は山寺地区の大型ハウスで、定植を終えたイチゴの苗を見ながら感慨深そうに語った。
 町内3カ所にイチゴ畑計170アールを持っていたが、津波で沿岸部の2カ所が壊滅。山寺地区の大型ハウスも約1メートルの津波に襲われた。ここは高い位置で栽培する「高設ベンチ栽培」だったため、施設一式は残った。
 4月中旬以降、連日ボランティアに周辺のがれき撤去やハウス内の泥出しなどを手伝ってもらった。9月上旬に苗の定植までこぎ着けた。
 順調に生育すれば11月下旬ごろ収穫が始まり、クリスマス時期に最盛期を迎える見通し。「震災前以上に規模を拡大したい」。一時は生産再開をあきらめかけていた半沢さんは今、2人の後継ぎ息子とともに復興に向かって歩みだした。
 町内のイチゴの販売額は2010年、約13億円に上った。イチゴの復興が町の復興に直結している。
 町は8月末に公表した土地利用構想案の中で、農免農道の沿道に新たにイチゴ畑や観光農園を集約する方向性を示した。生産の合理化がブランド再興の鍵とみて、イチゴ農家には農機具の共同利用などを促す方針だ。
 町内では被災したイチゴ農家4人が観光農園の運営会社を新たに設立し、共同で再起を目指す動きも出ている。
 町によると、町内のイチゴ農家129戸のうち6割強が生産再開に前向きという。一方で4割弱の農家が再開を断念したか、迷っている。
 イチゴを半世紀作ってきた鈴木庄吉さん(73)は断念した一人。「やる気はあったが、再開には経費がかさむ。この年齢ではお金を貸してくれるところもない」。後継者がいないことも決断を促したという。

[宮城県亘理、山元両町のイチゴ生産]震災前まで亘理町が県内1位、山元町が2位の生産量を誇った。2010年の作付面積は亘理町が58.3ヘクタールで、山元町が37.5ヘクタール。収穫量は両町で約3590トン(亘理約2210トン、山元約1380トン)、販売額は約33億4760万円(亘理約20億4790万円、山元約12億9970万円)だった。亘理町からは被災したイチゴ農家6人が、姉妹都市の北海道伊達市の招きで栽培技術指導員として現地で生産に取り組む。=2011年10月3日河北新報
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 東日本大震災の直後から、被災地で暮らす市民の課題を取り上げた河北新報連載「焦点」。震災7年の節目に、発生翌年までの主な記事をまとめました。
=肩書や年齢は掲載当時のものです。=


2018年03月07日水曜日


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