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<あなたと共に>「よそ者」が見た復興(7)大津市→南相馬市 会計士の視点 農業再生

トマトの栽培方法を説明する杉中さん=南相馬市

◎トマト菜園農場長 杉中 貴さん(34)

 天井に向かって伸びるツタに目を配る。太すぎても細すぎてもいけない。理想は人さし指程度。細かい温度管理が生育を左右し、苗の出来は収量に直結する。決して気を抜けない。
 南相馬市原町区の「南相馬トマト菜園」。カゴメなどが出資する「南相馬復興アグリ」が2015年暮れから、1.5ヘクタールの温室でトマトを溶液栽培する。

<「全ては現場で」>
 農場長は公認会計士の杉中貴さん(34)。「農業は素人。全て現場で学んでいます」と控えめに語る。
 大津市生まれ。大手監査法人の大阪市の事務所で働き、企業買収の支援や会計監査に当たった。多忙な中で、東京電力福島第1原発事故の被災地がずっと気に掛かっていた。
 14年秋、週末に南相馬市の避難区域を巡った。人の気配がない。信号機が単調な明滅を繰り返す。異世界に迷い込んだようだった。
 「腰を据えて復興に取り組む必要がある」。大阪に戻り、現地出向を直訴した。期間は15年7月から2年間。縁もゆかりもない土地で異業種に飛び込んだ。

<従業員が財産に>
 農業は種まきから収穫まで時間を要する。長期的な財務管理が不可欠だ。資金需要を予測して対策を練る。経営指導の経験も生かし、菜園設立に奔走した。
 荒れ果てていた周辺の土地に黄金色の稲が揺れる。避難指示が解除され、無人の街に日常が戻る。2年で復職するつもりだったが、地域再生の歩みを肌で感じるうちに考えが変わった。
 「原発事故からの復興は人類が挑戦したことのない出来事。このまま現場に立ち会おう」。昨年夏、監査法人を退職し、菜園の役員に就いた。年収は3分の1に激減した。
 大学時代を神戸市で過ごし、阪神大震災からの復興に情熱を注ぐ人々に出会った。「自分も災害時に役立つ人間でありたい」。ひそかに抱いていた志を果たす場所が福島だった。
 時には室温30度に迫る農作業の現場で共に汗を流す。従業員60人余との出会いが最高の財産になった。雇用を守り続けるためにも、今は経営の安定化に全てを注ぐ。
 地方は農業の担い手不足にあえぐ。若年層の流出が続く原発被災地はなおさらだ。菜園で経験を積んだ従業員が独立すれば、農業再興は加速するだろう。
 「意欲ある人に選んでもらうためにも魅力あふれる職場にしたい」。菜園経営の先に、地域農業と被災地の明日を見据えた。(南相馬支局・斎藤秀之)

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の被災地では今も、国内外から訪れた多くの支援者が活動する。地域に根付き、息長くサポートするうちに移住を決めた人も少なくない。地道に復興を支えながら、「よそ者」の視点で地域の隠れた魅力や可能性を引き出すこともある。彼らの思いに迫る。


2018年03月07日水曜日


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