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<再生に挑む>東北の被災企業[6]御誂京染たかはし(気仙沼市)肌着の直販苦境救う

工場で着物用肌着を製造する従業員

 取引先の支援を追い風に再建を果たし、業界に新風を吹き込んだ。被災地の経済復興で恩返しする。
 悉皆(しっかい)や呉服販売の「御誂(おあつらえ)京染たかはし」(気仙沼市)は1967年創業。独自開発した着物用肌着の販路がようやく広がり始めた時、東日本大震災に遭った。
仕立て直し殺到
 高さ2メートル近い津波が押し寄せ、店舗は残ったが商品の在庫など全てが泥にまみれた。1年前に改装したばかり。現金は少なく、在庫が主な資産だった。高橋和江社長(58)は「食べ物にも困る毎日。誰が着物のことなど考えるだろうか」と落ち込んだ。
 約2週間後、仕立て直しの客が訪れるようになった。店舗入り口を修繕し4月29日に再開すると、依頼がひっきりなしに入った。
 会社再建の柱に据えたのは肌着だった。
 2005年発売の「満点スリップ」は、汗などによる汚れを防水の肌着で防ぐ新発想だった。着物を気軽に着てもらおうと2年がかりで開発。問屋を通さず、呉服店などに直接売り込んだ。伝統を重視する業界では当初、見向きもされなかったが、ネット販売を機に少しずつ販路が広がった。
 「肌着の販売が再び回り始めれば、会社を立て直せる」。高橋社長の決意を多くの取引先が後押しした。
 価格交渉がシビアだった和装用品チェーンの担当者は「前金を送るから製品を作って納めて」と言ってくれた。カタログ会社は「被災したので納品はいつになるか分からない」と注釈を付けて掲載してくれた。
 ネット販売が再開されると、被災地発の商品を着物愛好者が進んで購入した。「本当に多くの人に助けられた。遠慮なく甘えさせてもらった」と高橋社長は振り返る。
 13年5月には、震災の影響で廃業した市内の縫製工場から機械を買い取り、自社工場を構えた。自社製造に切り替えたことで、生産量や商品の種類を大幅に増やすことができた。
売り上げ7倍超
 取引先は大手チェーン数社と全国の呉服店など約300軒に拡大。売り上げは震災前の7〜8倍となり、5人だった従業員は25人に増えた。それでも人手不足で受注を制限している状態で、広さ約1.5倍の新工場に移る計画だ。
 高橋社長は「一円でも多く税金を払い、一人でも多く雇用することが企業人としての恩返しになる。そのためにも良いものづくりを生涯続ける」と誓う。
(保科暁史)


2018年03月09日金曜日


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