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<あなたに伝えたい>秋にもう一人誕生 頑張るよ

東日本大震災の復興支援のイベントで、ステージにバルーンを飾り付ける博さんと宏美さん=2月12日、仙台市青葉区のクリスロード商店街

◎遠藤博さん、宏美さん(仙台市宮城野区)から武夫さんへ

 博さん 「孫たちがたくさんいて幸せだからいつ死んでもいい」って冗談で言ってたよね。でも長女のひな(18)が結婚するまでは生きていたいとも。ひなは今年大学生になります。
 約30年前に母=当時(56)=が病気で亡くなった後、父は家事をしながら70歳ぐらいまで仕事を続けました。体が丈夫で、まず休まない。義理堅くて他人の悪口を言わない人でした。
 私が離婚してからは代わりに子どもの世話をしてくれました。宏美と結婚後は父も自分の時間をつくれるようになり、魚を釣ってさばいていました。
 あの日、父は外出中でした。津波が来ると聞き、自宅に居た私と宏美、乳幼児だった3人の子どもは、荒浜小に上の2人を迎えに行って車で逃げました。
 父のことをずいぶん捜しました。8日後、宮城県利府町の安置所で遺体を確認しました。私たちのことが心配で家に戻って、津波にのまれたんだろうな。
 宏美さん お義父さんは大丈夫だろうと思って連絡が遅くなってしまった。体を張って子どもたちを守ってくれたと思わないとやりきれないです。
 2014年にバルーンの店を起業しました。16年に屋号を「バルーンアート工房カラービーンズ」に改め、博さんが代表に就きました。イベント受注が増え、軌道に乗りつつあります。自宅も昨年2月に再建し、やっと落ち着きました。
 お義父さん、今年秋には孫がもう一人誕生します。やりたいことをやれずに亡くなった方の分も精いっぱい生きようと思います。

◎孫に囲まれ幸せをかみしめていた父

 遠藤武夫さん=当時(76)= 仙台市若林区荒浜新1丁目の自宅で、三男博さん(46)と宏美さん(38)の夫婦、現在7〜18歳の5人の孫と暮らしていた。津波に遭い、自宅から約1.5キロメートル離れた幹線道路で遺体が見つかった。


2018年03月11日日曜日


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