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<震災7年>娘の生きた証し、形ある語り部に 伝承施設に遺品常設展示 命の大切さ訴え

佐藤愛梨ちゃん
展示されている愛梨ちゃんの上靴(左)とクレヨン
愛梨ちゃんがクレヨンで描いた絵

 東日本大震災で亡くなった宮城県石巻市の私立日和幼稚園(休園中)の園児佐藤愛梨(あいり)ちゃん=当時(6)=の遺品が、同市南浜町の震災伝承施設「南浜つなぐ館」に常設展示されている。震災から7年。思い出の詰まった遺品が「形ある語り部」として、来館者に命の大切さを訴え続ける。

 常設展示は、ひな祭りの3日に始まった。被災現場付近で見つかった上靴とクレヨン。焼け焦げた跡が残る。より良い状態で保管できるよう、透明のケースに覆われている。
 愛梨ちゃんは好きな水色をあしらった上靴を選び、「あの日」まで履いていた。16色のクレヨンをその小さな手に取り、自分や家族の絵を色彩豊かに描いた。
 母親の佐藤美香さん(43)は「ずっと家に置いておきたかった。でも、娘の死を無駄にしたくない。子どもから高齢者まで一人でも多くの人に見てもらい、二度と同じような犠牲を出さないでほしい」と願う。
 2011年3月11日の震災発生後、長女の愛梨ちゃんら園児12人を乗せた園のバスは、高台の園から海に近い南浜町方面に向かった。園に引き返す途中、門脇町付近で津波にのまれ炎上。5人の命が失われた。
 佐藤さんは16年、市の震災遺構検討会議のメンバーとなり、旧門脇小の遺構保存について話し合った。その過程で広島市の広島平和記念資料館を訪れた際、被爆した犠牲者の形見として展示されていた黒焦げの弁当箱が目に留まり、娘への思いが込み上げた。
 「弁当箱の持ち主はご飯を食べられなかった。あの日、私が愛梨のために作ってあげたお弁当はいつもの量よりも少なかった。おなかがすいただろうな」
 物はずっと残して伝えられる。物だからこそ、訴え掛けるものがあるはず。佐藤さんはそう信じて遺品の展示を決めた。
 今年2月中旬の朝。佐藤さんは次女の珠莉(じゅり)さん(10)に問い掛けた。「家にあるのは今日が最後なんだけど、見る?」「見たい」。珠莉さんは初めて目にした姉の形見を愛用のデジタルカメラに収めた。
 遺品を見学した山形南高2年矢萩慧太さん(17)は「津波のすごさ、小さい女の子の途切れてしまった人生が凝縮されている」と語る。つなぐ館を運営する公益社団法人みらいサポート石巻(石巻市)のスタッフ藤間千尋さん(39)は「私たちが解説しなくても遺品が物語る。愛梨ちゃんが生きていた証しや震災のことを知ってほしい」と望む。
 つなぐ館は入館無料。通常の開館は金曜午後1〜3時、土日祝日午前10時〜午後3時。連絡先はみらいサポート石巻0225(98)3691。


2018年03月14日水曜日


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