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<震災7年・10代語り始める>(3)雄勝の伝統みんなで築きたい

6年生を送る会で後輩の出し物を楽しむ渡辺君(前列中央)ら

 10代の子どもたちが、「あの日」を語り始めた。幼かった頃に東日本大震災を経験し、7年がたった。当時は表現できなかった震災への思い、未来への希望。風化に抗い、復興へ進む地域のこれからを担う世代の声に、耳を傾ける。

◎石巻市雄勝小6年/渡辺遥人君(12)/ホタテ養殖の夢を抱く・活気ある古里思い描く

<学びやは転々>
 東日本大震災で被災した古里をにぎやかにしたい。石巻市雄勝小6年の渡辺遥人(はると)君(12)は、そんな未来図を描く。雄勝小は震災や少子化などの影響で昨年4月、旧雄勝小と旧大須小が統合して開校した。木のぬくもりに包まれた新しい学びやが同市雄勝町大浜地区の高台に立つ。

 児童数は20人。そのうち4人の6年生を送る会が6日、同小であった。後輩が用意したクイズやコントを楽しみながら、渡辺君は最後にきっぱりと言った。
 「しっかりとみんなで雄勝小の伝統を築き上げてください」
 雄勝湾を望む伊勢畑地区で育った。震災発生当時は5歳。通っていた雄勝保育所に祖父(56)が車で迎えに来た。自宅へと急ぎ、母夢さん(32)らと共にできる限り上へ走って逃げた。

 しばらくして戻ると、自宅はなくなっていた。家族5人は全員助かった。
 「すぐに高い所へ逃げることが大事です。命さえ守れば、震災の後でも実現できることはあると思います」
 4年生の頃から祖父らのホタテの養殖を手伝う。「雄勝の海はいい環境なのに、震災で養殖をする人が減っている。もったいない」。漁師になってホタテやウニを養殖するのが夢だ。

 震災後、通う学びやは転々とした。伊勢畑地区から10キロ以上離れた石巻市河北町の仮設住宅で暮らし、旧雄勝小に入学。雄勝町にあった校舎が津波で全壊し、小学校生活は間借りした河北中の校舎で始まった。プレハブ仮設校舎、旧大須小校舎を経て6年生の2学期から今の校舎に通っている。

<何でも前向き>
 雄勝町は復興途上にある。伊勢畑地区では昨年暮れ、ようやく災害公営住宅が入居者に引き渡された。新しい自宅は仮設住宅近くの「二子団地」に年内にも完成する。「環境が変わっても、学校に行きたくないと言ったことは一度もない。何でも前向きに取り組んでいる」(夢さん)と周囲を感心させる。
 新しい自宅の学区は河北中だが、同級生4人で一緒に4月から雄勝中に進むと決めた。いつも笑顔の永沼海生(かいせい)君(12)、誰にでも優しい伊藤歩輝(いぶき)君(12)、運動神経抜群な川田忍(じん)君(12)。自分たちが故郷で成長すれば、雄勝の明るい未来を築けると信じる。
 スーパー、コンビニエンスストア、病院、温泉旅館…。人々が行き交う活気ある街にするために必要なものは何か、考えている。
(石巻総局・水野良将)


2018年03月14日水曜日


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