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<震災7年・10代語り始める>(4)家族 友人「当たり前」を大切に

「被災地の思いを広げていってほしい」。復興支援団体が開いたイベントで、ボランティアに呼び掛ける岩石さん

 10代の子どもたちが、「あの日」を語り始めた。幼かった頃に東日本大震災を経験し、7年がたった。当時は表現できなかった震災への思い、未来への希望。風化に抗い、復興へ進む地域のこれからを担う世代の声に、耳を傾ける。

◎宮城県南三陸町・志津川高3年 岩石桂惟さん/支援団体で体験伝える/添乗員目指し短大進学

<父と共に前へ>
 災害は一瞬にして日常を奪う。当たり前にそばにいる家族、友人を大切にし、今ある暮らしに感謝してほしい−。
 東日本大震災を経験した宮城県南三陸町歌津の志津川高3年岩石桂惟(かい)さん(18)が伝えたい思いだ。復興支援団体が10日夜、同町歌津のホテルで開いたイベントで、岩石さんは約50人のボランティアの前で淡々と体験を語った。ただ、その姿は力強さが満ちあふれていた。
 震災当時、名足小の5年生だった。津波が押し寄せる中、泣きじゃくる友人の手を取り、学校から高台の保育園を目指した。
 再会した父に町の介護施設で働いていた母和江さん=当時(47)=のことを聞いた。「お母さんってどうしたの?」「けがをして動けないから来られない」
 震災から2週間後、まだ母の姿が見えないことが不安でもう一度父に聞くと、母が亡くなっていたことを告げられた。「何でうそついたの?」と父を責めた。
 母を捜し回った父は、安置所に運ばれた母のそばでずっと泣いていたことを後に知った。両親はけんかをせず、仲良しだった。亡くなった妻、残された娘。父の胸の内を幼いながら感じ取り、怒りをぶつけたことを反省した。
 「あんなこと言ってごめん」と謝ると、父は「お母さんにはなれないけど、一生懸命頑張るから、桂惟も頑張ろう」。気丈な父の言葉に前を向こうと思った。

<「古里が好き」>
 支援団体に入り、地元の海水浴場を復活させる活動に力を入れた。小6の夏、初めて母のことをボランティアの人たちに話した。聞く人が泣いているのを見て「もっとつらい経験をした子もいる。同情されたくない」と葛藤した。
 それでも震災を経験した一人として使命感に駆られた。団体スタッフと原稿を練り直し、その後も何度も人前に立った。いつも隣にいた母に感謝の気持ちを伝えられなかった後悔の念を盛り込んだ。母は嫌がる自分を鼓舞して欠かすことなく剣道教室に連れて行ってくれた。
 「母のおかげで強くなり、剣道の県選抜に選ばれた。今はたくさんの出会いに恵まれ楽しくやっている。生んでくれてありがとう」「当たり前って当たり前じゃない」
 メッセージが徐々に伝わりだした。
 春から仙台市の短大に通う。ツアーコンダクターになる夢を描く。地元の海が、山が、人が好き。震災を経て改めて歌津の良さを知った。「たくさんの人を連れてきて魅力を伝えたい」
(南三陸支局・古賀佑美)


2018年03月15日木曜日


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