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<震災7年>「遺体 家族へ」後進に志託す 不明者特定に6年 宮城県警・金野さん3月末退職

身元不明の犠牲者の遺骨に手を合わせる金野検視官=14日、仙台市青葉区郷六の市葛岡墓園

 宮城県警の東日本大震災身元不明・行方不明者捜査班長として約6年間、犠牲者の身元特定に尽力した検視官の金野芳弘警部(64)が、再任用の任期満了に伴い3月末で退職する。「最後の一体まで遺族に返す」との思いで続けてきたが、道半ばで後進に志を託す。
 1972年に警察官となり、交番勤務や捜査部門を挟み約30年間、事件現場で犯人の痕跡を捜す鑑識官として捜査を支えた。震災発生後の2011年11月、捜査1課に設けられた不明者捜査班の班長となった。
 当時、60歳の定年が2年半後に迫っていた。「先は短い。班に残してほしい」と上司に直談判し、希望がかなった。定年後の14年4月、技能を評価されて再任用された。
 震災で県警は9538体の遺体を収容。このうち不明者捜査班が担当した遺体は約550体に上る。遺品やDNA型鑑定、歯の治療痕、似顔絵などの手掛かりから、一人一人の身元を探った。
 時には遺体を取り違え、遺族に直接謝罪もした。「誰一人、責める人はいなかった。『(遺体が)戻ってよかった。ありがとう』の言葉に支えられ続けた」と振り返る。
 報道で班の活動を知った県内外の人たちから、激励の手紙や不明者に手向ける花代などが送られてきた。正月と3月11日、お盆の年3回、欠かさず花代を送ってくれる人もいた。手紙は全てファイルにとじ、班内で回覧して励みにした。
 県内の行方不明者1224人のうち、特定を進めている遺体は現在、10体。「何とか残り1桁にしたい」と思ってきたが、期限が目前に迫る。「若手が新たな方法を探り、全員を引き渡してくれると確信している」と期待する。
 13日から県内の霊園や納骨堂を巡り、犠牲者に線香と花を手向けている。班長として最後の仕事だ。県警の内海裕之刑事部長は「長年の功労者に敬意を表したい。意志を継いでいく」と労をねぎらった。


2018年03月15日木曜日


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