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<点検・再始動 復興の理想と現実>生活基盤(2)福島・原発被災地の学校 保護者 ためらう帰郷

今春の開校に向け、急ピッチで整備が進む福島県浪江町の小中併設校

 子どものいない社会に未来はない。東京電力福島第1原発事故で住民避難を強いられた福島県内の自治体が、教育再生の道を探り続ける。

<1%に満たず>
 昨年春に一部の避難指示が解除された浪江町。今年4月、町内に小中併設型の学校を新設する。これまで二本松市に置いた仮設校舎だけで授業をしてきた。
 7年ぶりに通学風景が戻るものの、予定される児童生徒数は計10人。原発事故前の1%に満たない。町の畠山熙一郎教育長は「当初の見通しは下回ったが、通学を決断してくれたことに感謝したい」と話す。
 子育て世代の帰郷が進んでいない現実がある。町は中心部などが居住可能になったとはいえ、今も帰還困難区域を抱える。帰還率は3%程度で、多くを高齢者が占める。
 本宮市に避難する今野美和子さん(41)は今春、子どもを町内で学ばせるのを見送った。町中心部にある自宅周辺は人の気配が途絶えたまま。復興は実感できず、帰還を当面断念せざるを得なかった。
 「商業施設の休止が続いているのが残念。買い物や娯楽といった生活環境が整わなければ私たちの世代は戻れない」と言い切る。

<再生へ息長く>
 厳しい再出発を強いられるのは浪江町に限らない。今春、福島県内では富岡町、飯舘、葛尾両村も地元での学校再開に踏み切る。通学希望者は富岡16人、飯舘75人、葛尾18人。原発事故前の1〜16%にとどまる。
 各校は「個別指導で学力が上がる」(石井賢一富岡町教育長)など少人数教育の利点を強調。多様な就学援助も検討するが、子育て世代の反応は鈍い。
 富岡町から郡山市に避難している女性(39)は、3人の子を市内で学ばせている。「原発事故から7年たち、子どもは今の暮らしになじんでいる。故郷の学校に通わせることは考えなかった」と話す。
 子どもへの負担を考慮し、保護者の多くは転校をためらう。進学や就学といったタイミングが合わなければ、故郷への通学という決断は下しにくい。被災地の教育再生は息の長い取り組みが不可欠だ。
 2016年夏に避難区域の大部分が解消された南相馬市小高区。昨年再開した小中学校の規模に大きな変動はないが、今春は昨年の4人を上回る7人の小学1年生を迎える。
 遠方まで走らせている通学バスの利用率は、今春から低下が見込まれる。避難先から家族で小高区に戻るケースが増えるのが要因とみられる。
 若年層を呼び込み、被災地に活力を取り戻す。教育機能なしに地域再生の好循環は生み出せない。「帰還の判断材料として学校の存在は大きい。再開して本当に良かった」。南相馬市の阿部貞康教育長が実感を込めた。(南相馬支局・斎藤秀之、郡山支局・岩崎かおり)


 災害公営住宅や学校など公共施設をはじめ商店街、バスといった「まち」を構成する生活基盤は、被災者の暮らしの復興に欠かせない要素だ。復興への道のりは長い。施設は整っても、さまざまな環境変化によって新たな課題が生じている。


2018年03月15日木曜日


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