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<震災7年・10代語り始める>(5)多く失ったが 得たものも多い

高校生の前で自身が体験した震災の記憶を語る佐藤さん=6日、石巻市北上町

 10代の子どもたちが、「あの日」を語り始めた。幼かった頃に東日本大震災を経験し、7年がたった。当時は表現できなかった震災への思い、未来への希望。風化に抗い、復興へ進む地域のこれからを担う世代の声に、耳を傾ける。

◎石巻市北上中3年 佐藤寛哉さん(14)/ボランティアが救いに/世界からの支援に感謝

<被災の語り部>
 石巻市北上中3年の佐藤寛哉さん(14)が6日夜、同市北上町の旅館で、ボランティアに訪れた東京の高校生ら約40人を前に東日本大震災の体験談を語った。
 「当時、僕は小学2年生でした。いつも通り学校を出て、迎えに来ていたお母さんの軽トラックまで行った時、電柱が倒れるのではないかと思うほどのすごい揺れが来ました」
 地震発生後に自宅に戻り、ワカメ漁師の両親が漁の道具を避難させるため海に向かったこと。両親がいなくて心細かったこと。津波に追い掛けられながら近所の男性と必死に逃げたこと。7年前の記憶をたどり、自分の言葉で語った。
 震災後、定期的に漁業の手伝いに来るボランティアの高校生に、震災体験を初めて話したのは2013年3月。コーディネーターの女性に「年齢が近い子どもの話の方が伝わる」と頼まれ、「自分はトラウマ(心的外傷)もない。震災を知らない人に知ってもらえるなら」と応じた。
 高校生らは「テレビでは伝わらないことも説明してくれた。その場にいるような感じがした」と感想を語った。理解してもらえる喜びが湧いた。
 家族は無事だったが、自宅を津波で失った。避難所で4カ月余り過ごし、178戸の大規模なプレハブ仮設住宅に移った。
 子どもにとっては放課後も同じ敷地に友達がいる最高の環境だった。自転車を乗り回し、集会所ではカードゲームをして楽しんだ。
 炊き出しや慰問で外部から支援者も頻繁に訪れた。うれしかったのは、子ども向けの遊びボランティア。お兄さんやお姉さんが「疲れた」と音を上げるまで腕を引っ張った。

<人の輪広がる>
 ボランティアとの交流が縁で、人の輪も広がった。
 震災発生から7年を迎えた11日、東京の慶応大三田キャンパスであったボランティア団体のシンポジウムに招かれ、10分間の発表を任された。
 「震災があって失うものも多かったけれど、逆に得るものも多かった。楽しいことも苦しいことも、ボランティアがいてくれて一緒に共感することができた」。多くの支援をもらった全国、そして世界中の人々に感謝の気持ちを届けた。
 大きな拍手を浴び、「震災を経験した人しか伝えられないことがある」と実感した。これからも自分が見たこと、感じたことをありのままに語り続ける。
(石巻総局・鈴木拓也)


2018年03月16日金曜日


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