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<遠い自立・仮設集約>(中)移転 内陸避難は置き去りに

引っ越した旧平石小仮設住宅の室内で、福島県浪江町内の自宅の写真を眺める斎藤さん=二本松市赤井沢

◎斎藤基さん(66)二本松・永田農村広場→二本松・旧平石小

<次々と選択迫る>
 二本松市にある旧平石小仮設住宅は、福島県浪江町が市内の仮設の集約先に決めた場所だ。無職斎藤基さん(66)は昨年末、町の方針に従って移った。
 東京電力福島第1原発事故を受け、町が2012年10月に策定した第1次復興計画作りに、斎藤さんは住民の一人として関わった。
 町の方針は理解しているつもりだが、どうしてもため息が出る。「中通りにいると、どんどん取り残されていくように感じる」
 移る前は岳温泉に向かう途中の永田農村広場仮設住宅に住んでいた。11年8月、家族8人で避難した。
 自身は14年12月まで、勤務先の工場が移転した茨城県日立市に単身赴任。退職後は仮設住宅近くの畑を借りて野菜を育ててきた。
 浪江町の避難指示は昨年3月、一部地域で解除されたが、斎藤さんの古里は帰還困難区域にある。5年後の解除を目指す特定復興再生拠点区域からも外れた。
 地震の被害がほとんどなかった自宅に帰れる見通しは全く立たない。町は次々と選択を迫る。新たに移った仮設も「あと1年」と言われ、今後の見通しも聞いてくる。
 具体的にはまだ決まっていないが、「年内に二本松市内の一戸建てに入居」と書いて町に提出した。

<町内に意識集中>
 娘家族3人は昨年、市内の災害公営住宅に入った。家族で近くにいたいと思う一方、可能なら浪江に戻りたいとも考える。
 「どうなるか正直分からない。でも、どこかで決めなければならない」と斎藤さん。次々と期限を切ってくる町の対応に「自立のためには仕方ないのかな」と理解も示す。
 浪江町の帰還開始から間もなく1年。町内居住者は516人で、人口の3%に満たないが、町の意識はますます町内に集中しているように見える。秋祭り「十日市祭」も成人式も7年ぶりに地元で開催した。
 「徐々に復興が目に見える形になってきたからだろう。もう少し、内陸で避難を続けるこちらにも目を向けてほしい。でも、町内での雇用創出など課題が山積みだから無理もないか」
 <どこに住んでいても浪江町民>
 馬場有町長が第1次復興計画の策定時から繰り返してきた言葉が薄れていくのもやむを得ないのだろうか。


2018年03月28日水曜日


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